
▲岩手県立大学
メディアセンター長
ソフトウェア情報学部教授
柴田義孝 先生 |
岩手県立大学 柴田義孝 教授
インタビュー実施:2001年6月13日(於:岩手県立大学ソフトウェア情報学部)
◆はじめに
今回は、岩手県立大学の柴田義孝教授を訪問しました。
保健・医療に関する遠隔教育の研究について伺うことができました。柴田先生は米国で10年以上情報ネットワークの研究者としてのご活躍を経て、現在岩手県立大学のソフトウェア情報学部教授として教鞭をとっておられます。JGNでは、QoSに代表されるネットワークの基幹技術に関する研究も豊富ですが、アプリケーションに近いテーマの研究も多くに取り組まれています。なかでも、医療と教育はもっともポピュラーなものですが、本研究はその両方に係わる「医療教育」を扱ったものです。さらに、看護、福祉、保健の観点を含む「ヘルスケア教育」について、岩手県立大学のソフトウェア情報学部及び看護学部と三重県立看護大学とが数回にわたり共同で行った遠隔教育に関する研究の概要、意義等について語っていただきました。
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▲往復遅延時間測定
(ステップ運動)
(クリックで拡大)
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どのような研究だったのでしょうか。
岩手県立大学と、三重県立看護大学をネットワークで結んで、合同の授業を行いました。両方のクラスに生徒がいるタイプの授業です。大きく分けて、看護学、医学、健康科学の三分野の授業を題材としました。看護学では、母性看護学、地域看護学など、医学では、病理学、医用工学などを扱いました。扱う映像や運動の持つ意味が、応用分野によって変わってくるので、それを検証しました。また、健康科学の分野では体脂肪測定と運動処方の方法を遠隔授業で説明しました。片道40Mbpsで無圧縮の場合、MPEG2圧縮を行う場合、384kbpsの場合の3通りで動画の伝送を行い、高精細画像や低遅延の映像伝送によるメリットを具体的に検証しました。
ヘルスケア教育を遠隔教育で行うことの意義にはどのようなものがありますか。
医療では人間を扱う以上、失敗が許されません。医者や看護婦を養成するための教育では、実習がとても重要です。したがって教育する側としてはできるだけ現場の経験を積ませたいという希望があります。しかし、病院運営を取り巻く環境も厳しく、なかなか学生を受け入れてくれなくなってきており、学生を受け入れてほしい学校側と、受け入れるのに後ろ向きな病院のジレンマがあります。受け入れる以上は、学生の実習を実施するにもかなりの準備とスケジュールが前もって決定されてなければなりません。私は、遠隔教育が、現場教育のチャンスを広げるのではないかと考えています。遠隔教育により、医療の現場の緊張感を伝える教育が可能になると考えています。 |

▲医用工学に用いる毛細血管画像
手のつめの付け根を200倍程度に拡大した画像です。 (クリックで拡大) |
なぜ映像圧縮によるレスポンス変化の影響が重要なのでしょうか。
実習にはリアリティが必要です。できるだけ高精細な画像の伝送が必要ですし、遅延は避けたいのです。例えば、ちょっと皮下脂肪をつまんでいるようにみえても、非常に微妙な場所の指定とコツが必要です。細かいコミュニケーションを行おうとすると、高精細で低遅延であることが不可欠です。
動画像を圧縮すると、画質が劣化したり、圧縮に演算時間が掛かり、スムーズなやり取りができません。例えば、運動と一口で言っても、エアロビクスやステップ運動のような速い動きのものもあれば、リハビリテーションのために腕をゆっくり伸ばしたりする遅い動きもあります。特に速い動きを伝える際は、遅延の影響が大きく出ます。今回の研究では、こうした問題を定量的にまとめることができました。
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▲色補正が難しい癌細胞(病理学) (クリックで拡大)

▲キャリパーによる皮脂厚測定指導の様子
(クリックで拡大)

▲皮下脂肪超音波画像
素人目には画像を「解釈」することは困難です。
(クリックで拡大) |
医療だから特に難しかったという点はありますか。
やはり同じ映像を見ても、専門家が見ると意味が違ってきます。ひとつには、色補正が難しかったことがあります。色補正だけで2、3日の準備が必要でした。少しの違いで意味を取り違える危険があるからです。モニタによって発色が違うことも問題です。非常に微妙なところが問題になってくるのです。
他には、皮下脂肪を超音波で測定することを遠隔で指導し、肥満度を判断する方法の指導を行ないました。運動生理学の専門家は「はっきり出ているでしょう」とおっしゃるのですが、私にはなかなかわかりません。
普通の視力の人にとって見えればよいというものでなく、専門家が意味を取り違えないように見えるところまで調整しなければならないという点があります。
専門家のためのネットワークであることが重要であるということですね。
大学教育の面から考えても、一つの大学がすべての分野の専門家をそろえ、プログラムを持つことは不可能です。互いに、教育プログラムを交換し合うことは非常に有用です。私達は、三重県立看護大学だけではなく、ノースカロライナ大学ウィルミントン校とも遠隔講義を行いました。ノースカロライナとはJGNが使えませんから、ISDNを使った384kbpsの回線速度という不十分な環境の中での実験でした。今後は、デューク大学との講義の交換も検討中です。リソースを交換することができるのでお互いにメリットがあります。
遠隔教育を実際に行ってみてどのようなことがわかったのでしょうか。
私が強調したいのは、今回の共同実験を通して明らかになった個々の問題よりむしろ、遠隔でも伝えられることが多いということが実験参加者に理解されたことです。
遠隔教育に関して、使いこなすノウハウの蓄積も問題になります。共有のマテリアルを作っていくことも重要なテーマだろうと思います。
また、医療の専門家が、機器を使いこなす能力を身につけるのも重要です。例えば、病理学の専門家は、細胞の映像を見て癌細胞があるかどうかを判断します。こういう専門家はどこの病院にもいるわけではないので、遠隔医療のニーズは非常に強いと言えます。実物と、ネットワークを介して送られた画像を見比べた経験がある専門家と、そうした比較の経験なしに遠隔の画像を見た専門家では受け取り方が変わってくるので、実際上の課題が、多くの実験参加者に体験され、実感されていったことが大きな成果だと思います。
JGN利用の場合ではありませんが、アメリカとの遠隔授業の実験中に、なんらかの原因で相手から映像が送られなくなったのに、相手の方では気づかれなかったということもありました。電話のようにこちらが切れたら相手も切れるわけではないので、その事故を相手に伝える必要があります。
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共同研究のネットワークはどのようにしてできたのでしょう?
岩手県には、ポラーノ広場という医療、福祉、看護などから生活支援的な物流までを含む観点から地域貢献を行う非営利組織団体があります。岩手県立大学のソフトウェア情報学部や看護学部の先生方もコアメンバに入っています。この組織はどちらかというとボトムアップのものです。
もう一つ、デジタルコミュニティ構想という、岩手県、三重県、高知県の知事らが立ち上げたものがあります。ここからバーチャルユニバーシティの研究を行うグループもできました。ノースカロライナ大学ウィルミントン校も含めた遠隔教育の研究を行いました。これはトップダウンの組織ですね。
岩手県職員の岩手県立大学教員への働きかけも上手く、これらの組織の活動がもとになって、共同研究を行おうということになりました。三重県立看護大学ともこのときはじめてつきあいはじめたというのが正直なところです。岩手から東京には出やすくなってきていますが、西の方とはあまり交流がありませんでした。しかし、実際にやってみると、地域の医療や看護の問題で共通するものが多く、実りが大きかったのです。
人的なネットワークが発展していったということですね。
岩手県は都道府県では北海道の次に大きいところで、遠隔医療が実際に必要です。家から診療所までが遠いとか、看護婦しかいない診療所から病院が遠いという問題があります。さらに、冬場は雪で閉ざされる世帯もあって、遠隔医療は未来の技術というより、現実の課題です。
医療や看護では現場での実習が重視されます。実験を行う前には、看護について遠隔授業なんて役に立つのかという後ろ向きな見方もあったのですが、体験してみるとその有効性は誰の目にも明らかでした。種々の問題はありますが、かなりの程度までは遠隔でやれることがわかりました。今では、JGNを利用して、岩手県立大学の看護学部と三重県立看護大学との大学院講義も相互に実施する方向で進んでおります。
私達が遠隔ヘルスケア教育のテーマに挙げたものは、遠隔医療と遠隔看護、遠隔健康指導ということになります。遠隔看護をきちんと扱った点もこの研究の成果だろうと思います。看護は、医療の補助的なものとして扱われてきたことが多かったのですが、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)の実現のために、医療とは独立した重要な意味があるものとして見られるようになってきたそうです。私もこの研究で知ったのですが。アメリカは看護学の先進国で、アメリカの大学とも交流を行っています。岩手県立大学で今月(2001年6月)に開催される日本母性看護学会ではJGNを使ったシンポジウムが予定されているなど、この分野が活発になってきています。 |
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▲岩手県立大学
ソフトウェア情報学部の近代的な校舎風景です。 |
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◆おわりに
「みる」という言葉には、「見る」「看る」「診る」「観る」とたくさんの意味が含まれています。「診る」ためには専門家の認知が必要ですし、「看る」ためには技術とハートが必要です。「みる」を伝える技術の難しさを垣間「みる」ことができた気がしました。
お忙しいところ長時間にわたってご協力いただきました柴田義孝先生、機器のセッティングや説明等お手数をおかけしました助手の橋本浩二先生、また本稿をまとめるにあたり資料提供等ご協力いただきました三重県立看護大学の佐々木由香先生に感謝いたします。
文責:JGNウェブ編集部 |
関連リンク集
岩手県立大学
岩手地区ギガビットネットワーク連絡会
三重県立看護大学
三重デジタルコミュニティズ研究ネットワーク
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