Vol.16 ギガビットネットワーク・シンポジウム2002スペシャル企画:JGNへの期待 バックナンバー

フレッド・ベーカー氏

▲ インターネットソサエティ議長
フレッド・ベーカー氏
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インターネットソサエティ議長 フレッド・ベーカー氏
Internet Society Chairman  Fred Baker (Frederick J. Baker)
インタビュー実施:2002年10月 9日(於:札幌メディアパーク・スピカ)

◆はじめに

 インターネットソサエティ (Internet Society, 以下ISOC) は、インターネット技術の国際標準を検討するIETF (Internet Engineering Task Force) や、インターネット上のポリシーを検討するICANN (The Internet Corporation for Assigned Names and Numbers) などを下部組織に持つ、インターネットに関する最大の非営利団体です。ギガビットネットワーク・シンポジウム2002 in 北海道には、ISOC議長のFred Baker氏が招待講演のため来日されました。また、Fred Baker氏は、IETFの議長も歴任されています。今回は、日本における情報通信テストベッドへの期待をお聞きしました。

今後、どのようなネットワークの利用が進むべきだと考えておられますか?
 重要なことは、もっと「使える」ようにすることです。ニーズが自覚されていない途上国においてももっとネットワークの利用を普及すべきだと考えています。
  例えば、国連の農業部門 (FAO) が行ったプロジェクトを紹介しましょう。アフリカではご存知のとおり伝染病などによる死亡率が非常に高くなっています。この原因としては、特に、危険な虫が介在しているということが重要です。しかし、一般にどのような虫が危険であるかということは簡単に分かりませんし、まして識字率も高くない地域ではさらに困難です。私が紹介したいガーナのプロジェクトでは、データベースはドイツにあるサーバ上のものを使い、ガーナから学校の先生がそれにアクセスして、虫の画像をマッチングすることで、その虫が危険かどうかを判断します。リテラシーの問題をクリアして、アフリカの農家にもインターネットが有用なツールだと理解してもらうというのが狙いです。
なるほど、一般の人には困難でも、学校の先生なら使えるということですね。
途上国でなくても、
  ・高速通信を低価格で提供すること
  ・専門家でなくても理解できるシンプルな技術
  ・技術的知識を持たないユーザがインターネットアクセスできる技術
は極めて重要です。
  国際的に見た場合、JGNの特徴はどこにありますか?
 ISOCやIETFはテストベッドを運用していません。したがって、各国のテストベッドの研究開発成果に期待しています。ネットワーク自身の研究と、ネットワーク上でのアプリケーション研究の両方が行われている点がインターネット2 と同じであるなど、大きく見れば共通しているところが多いと思います。ISOCやIETFから見て、日本の大規模なテストベッドであるJGNへの期待は大きいのです。
日本の研究に対する期待はどこにありますか?
 WIDEなどの日本の研究コミュニティは、ISOC、IETFなどに対して、非常に優れた貢献をしてきたと思います。
 また、日本の携帯電話のインターネットサービスでは非常に使いやすいシステムとユーザインタフェースを開発し、一般に普及させました。このような使いやすさは今後ますます大切になると考えています。
 私は、ITを一般の人により使いやすくすることが重要だと考えています。実際、私の妻はPPPオーバー何々と言ったITの専門用語が嫌いで、タイプライターの方がずっといいと言います。そうした専門用語を知らないと初期設定もできないような現在のITの状況は、普及という面から見て問題だと考えています。ポイントは、ユーザは何を求めているかを明らかにすることと、ユーザフレンドリーであること、だと思います。
 ユーザインタフェースは、変えすぎるのも、まったく変えないのも間違っています。バランスが必要だと思います。普及のためには、ユーザインタフェースが極めて重要です。
 

次世代のアプリケーションに必要なもの

▲次世代のアプリケーションに必要なもの(クリックで拡大)

IPv6技術についてどのように見ておられますか?
 一部にIPv6は不要だ、IPv4で十分だという意見があります。いわゆる、壊れていないものを直すなという意見です。しかし、これは間違っていて、IPv6技術は、重要な技術だと考えています。現在、世界中でインターネット上のIPアドレスのうちグローバルアドレスを所有しているのは約6割だと言われています。残りの4割はプライベートアドレスをもち、エッジネットワークの内側にいます。WWWのようなアプリケーションだけを考えていると、現在のような構成でも問題ないように思えるかもしれませんが、例えば、VoIP (Voice over IP) のようなアプリケーションの開発には重大な障害をもたらします。新しいネットワークアーキテクチャを使ったゲーム開発も難しくなります。特に、P2Pの新しいアプリケーションのことを考えると、まさにIPv6は不可欠の技術だと考えます。

 また、市場の視点で考えても、IPv6が要請されていると思います。現在、IPアドレスの割り当てにはお金が支払われていますが、そのような市場が生まれるには、需要と供給がバランスしている必要があります。現在は需要が多すぎる状況です。特に中国で需要の不足は深刻です。
 ある分析によれば、現在IPv4のアドレス空間の26%を使っています。現在のペースが続くと仮定した場合、あと19年でアドレスが枯渇する計算です。別の分析では5年間は現在のまま使えるが、その後は保証できないと主張する人もいます。

 いずれにせよ、IPv6は、次のステップへ行くための不可欠なステップであるといえます。現在のインターネット技術は複雑さを増しすぎて、ロバスト性に欠けます。もともとのインターネットが備えていたシンプルな構造を実現するためにはやはりIPv6技術は不可欠です。JGNではIPv6の研究開発を進めておられますが、私はさらに継続して実施することを強く勧めます。
  今後のネットワーク研究の方向性についてコメントをお願いします。
 JGNの次に何が必要かというのは、立場によって異なってきます。光ネットワーク技術というものも1つの答えですが、他にも課題は様々にあります。例えば、TCPも巨大なファイルを送る場合には問題が残っています。非常に大容量のファイルを、長距離送信する際に、効率的に送信する方法を追求する点など、次世代のTCPが実現すべき課題です。

 また、エンドツーエンドで、ロバスト性を改善することも重要です。具体的には、遅延や欠損が激しいネットワーク越しにデータを伝送する方法や、攻撃検知・防御、ルートの正確性を保証すること、すばやいルーティングの収束なども必要です。
 日本は米国と長距離、大容量のデータ送受信を行っていますから、実際上もすぐに役に立つだろうと思います。他には、文字コードセットの問題などもありますし、アジア圏の人たちにとってわかりやすいユーザインタフェースを開発するという、より上位の問題もあります。先ほども言いましたように、その中でもIPv6の研究は重要だと思います。

 モバイルの点では、無線LANのようなメトロポリタンエリアでの利用に役立つネットワークが今後ますます普及するでしょう。そして、私が特に興味を持っているのは、モバイルアドホックネットワークと呼ばれるものです。IETFでは、MANET (Mobile Ad-hoc Networks) のグループで検討が進められています。例えば、戦地のような建設されたインフラがない状態で、電話システムを作るイメージです。もうひとつ、モバイルIPの技術も重要です。モバイルIPは、端末側のIPアドレスだけが変化していくもので、全体のアドレス空間そのものをアドホックに組み上げるモバイルアドホックネットワークとは異なった技術です。この3つが重要だと考えています。
 
 
◆おわりに

米国から10時間以上の空路のあと、充分に休む間もなく、インタビューに答えていただきましたフレッド・ベーカー氏に心から感謝いたします。

文責:JGNウェブ編集部

関連リンク集

Internet Society (ISOC)
The Internet Engineering Task Force (IETF)
IETF manet-charter
ISOC-JP

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