Vol.17 学校における遠隔共同作業環境の開発(JGN-G13013) バックナンバー


▲広島市立大学 情報処理センター
前田香織 助教授

 

 

遠隔合奏
▲遠隔合奏(基町高校の様子)

白島(はくしま)小学校
▲ギガビットシンポジウム2001での遠隔参加の様子(白島(はくしま)小学校)
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日食受信風景
▲広島市立井口明神での、日食受信風景
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広島市立大学 情報処理センター 前田香織 助教授
インタビュー実施: 2002年 11月 6日(於:広島市立大学)
◆はじめに
 JGNを使って様々な遠隔コラボレーションを行っている広島市立大学の前田香織先生に、その技術上、運用上の課題についてお伺いしました。
一般利用プロジェクト「学校における遠隔共同作業環境の開発」の概要について教えてください。
 教育現場における遠隔コラボレーションということで、小学校や中学校や高校での教育現場でJGNを使った実験を行いました。後ほどお話しいたしますが、私たちは大学のゼミでも日常的にJGNを利用させていただいています。想像していただければお分かりいただけると思いますが、JGN利用における、小・中・高の学校現場での環境と大学の環境とはずいぶん差があります。大学は機器も揃い、専門的な技術を使った人が使うケースが多くそういう意味で人的なサポートもありますが、小・中・高には機器さえないのが一般的です。
研究の効果としてはどのようなものがありますか。

 第一に、どちらかといえば、これまで校内だけに閉じていた行動が学校相互間での行動になりますから、遠隔交流の意味が大きいと思います。

 第二には、大学からの技術移転の効果がありました。これらの実験には、広島市立大学などで開発した「作りかけ」のシステムを使っていただいています。正直に申しますと、パッケージ製品などのように洗練されたソフトウェアではありませんから、一部のユーザの先生からは拒否反応に近いものがありました。しかし、大学からの技術移転ということを考えると、内輪以外のところで、実際に使っていただくのは大変良い経験になります。昨今、大学からの技術移転が重要であると強調されるようになっています。社会的な意味で、技術移転のトライアルとして良い経験だと思いますし、大学側にとっても良いフィードバックが得られます。専門的な知識を持っていない方に、使い方を説明するところで工夫が必要となりますし、プログラムを作った学生側はかなり完成させたつもりでも、おもわぬ操作の結果、不具合が生じることも多々あります。さらに、ユーザ側である学校の先生方も新しいものに触れて、刺激になったと伺っております。

小学校、中学校、高校でのブロードバンドの使い方を研究したということでしょうか?

 いわゆる、にわとりが先かたまごが先かの問題ですが、ブロードバンドをどのように使うかが分からない、分からないから使わない、使わないから分からない・・といった悪循環を断ち切るには、やはり一度使ってみるということが重要です。

 年齢が下がるほど、品質への要求には容赦がありません。大学生なら、多少画像にコマ落ちがあっても納得するのですが、小学生には「おかしい、変だ」と言われてしまいます。

通信品質が重要だと言うことですね。

 ホームページを見るだけなら、通信品質はそれほど気にならない場合がありますが、動画や音声の伝送のように帯域を占有して使いたいアプリケーションの場合には品質への要求が高くなります。動画や音声の伝送でも、どういう情報を送るかによって、品質への要求が変わってきます。先生が一方通行で講義をするタイプの講義では多少のコマ落ちがあっても気にならないかもしれませんが、「踊り」の指導では、コマ落ちがあると動作を追えなくなりますから、品質への要求は高くなります。音声での遅延についても同じで、一方通行の講義の場合には気になりませんが、双方向の通信を必要とするディスカッションになると遅延が問題になります。

 さらに、今回私たちは、遠隔合唱に挑戦しました。ソプラノ、アルトが分かれてのコーラスになると、非常に僅かな遅延でも、気持ち悪い感じになります。この遠隔合唱には、RAT(Robust Audio Tool)というオープンソースの音声伝送システムを機能拡張して、実現することができました。本年度も2002年12月または2003年1月頃にJGNを活用した実験を行いたいと考えています。ちなみに、音速を考えると、24mの伝送に0.07秒程度かかる計算になり、この程度の遅延であれば、実際のオーケストラでも存在しているので許容範囲かと思います。
遠隔合唱の他にはどのような試みがありましたか?
 2001年の沖縄県名護市で行われたJGNシンポジウム2001のスペシャルセッションでは、広島市の白島(はくしま)小学校から沖縄の民俗芸能であるエイサーの踊りの様子をリアルタイムで伝送しました。運動会で練習したエイサーを交流相手の沖縄の児童に見てもらいたかったのです。このエイサー踊りがシンポジウムにやはり出演していたリンケンバンドのみなさんの目にとまり、声をかけていただきました。2003年の2月に、リンケンバンドと白鳥小学校で遠隔コラボレーションを行う予定です。
研究の輪が広がっていますね。
 さらに、JGNを直接使ったわけではありませんが、タイと広島の国際交流のイベントを行いました。1994年に広島で行われたアジア大会以来、小学校同士でネットワークを使っての交流などが続けられています。500kbpsの帯域で接続し、タイ米で作る料理や日本米で作るお菓子などを紹介しあうイベントでしたが、子供を来日させているタイの母親が「寒くないか」と言ったり、感極まって泣き出す子供がいたりと、非常に感動的でした。また、タイ側では、タイの大学であるAIT(Asian Institute of Technology)に運営をお願いしたのですが、小学生を招待するのは初めてということもあり、初めは戸惑っていたようですが、結局彼らにも達成感があったようです。
イベントの裏方の苦労が報われたということですね。
 これまで、JGNを使ったイベントで規模の大きかったものとしては、2001年のライブエクリプスがあります。小学校の体育館で、地球の真裏になるアフリカの皆既日食をライブ中継で見たのですが、日食になった瞬間には観客から大歓声が起こりました。
 
 

研究における技術的なポイントを教えてください。

 映像や音声の伝送については、ロバスト性を高めることと、遅延を小さくすることはトレードオフの関係にあります。私たちは、コーラスモード(遅延小、ロバスト性小)、会話モード(遅延中、ロバスト性中)、放送モード(遅延大、ロバスト性大)の3つのモードを切り替えて設定できるようにインタフェースを実装しました。現実に使う場合には、こういうモード設定が必要になると私たちは考えますが、私達の実装が初めてだと思います。

多目的な音声伝送システムの設計
     (情報処理学会, 研究報告, 2002-DSM-26-3, 2002)

 映像伝送には広島大学を中心に開発しているMPEG2伝送システム(MPEG2TS)を使っています。これはエラー回復機能がついたMPEG2映像伝送で、ネットワークにパケットロスが生じてもある程度ロス率であれば、自動的にエラー回復し、高品質の映像の伝送が実現できます。この開発もJGNの公募プロジェクトとして進められています。プロジェクトで実施する交流の多くの場合、このMPEG2TSを使用しており、10Mbpsしかない学校のネットワークでもテレビ品質の映像伝送が実現でき、積極的な交流が可能です。私達のプロジェクトでこのシステムをたびたび使用しますので、デバッグにかなり役立っているはずです。

IPv6マルチキャスト対応HDTV画像広域伝送システムに関する研究開発(JGN-P341005)

運用上で苦心されている点を教えてください。

 学校間交流のプロジェクトをいくつかやってみて、人と人とのコーディネーションの重要性・必要性を痛感します。今は、大学の研究者がこの役割を果たしていますが、プロのコーディネータが存在した方が良いのではと思うことがあります。教育委員会を含む学校教育に関するシステムの中で何らかの支援体制があると良いのかもしれません。

JGN全体に対する印象を教えてください。

 JGNがあったおかげで、倉敷芸術科学大学が有名になれたと感謝しています。倉敷芸術科学大学は2000人程度の小さな大学で、ネットワークの研究に関係しているのはせいぜい10数人であり、単独でネットワークを整備するのは困難です。JGNのおかげで、インターネット技術の業界では全国区の知名度を確立できたのだと考えています。JGNは主要な国公立大学、すべての都道府県にアクセスポイントが整備されていますから、私たちのような小さなグループにもチャンスが与えられたと理解しています。他の地域でも、高知、岩手、愛媛、佐賀などは、私の目から見てもJGNを上手に使っているなと感じています。

 また、現在、JGNを使って研究をされる方は、ATMベースのネットワークを利用することも、JGNv6のネットワークを利用することもできるという選択が可能であり、このユーザが選択できるという状況が様々な可能性を生むという意味で良いものと評価しています。

その他、研究上の重要トピックを教えてください。

 最近はブロードバンド環境が普及してきました。家庭でもADSLなどの普及率の伸びは目覚しいものがあります。企業や大学でのバックボーンには100Mbpsクラスの回線が敷設されるのは珍しくありませんが、実際にエンドエンドで10Mbpsの帯域の回線を確保するのは意外と大変です。半二重の設定が残っていたり、スイッチやハブが問題を起こしているケースが見受けられます。こうしたネットワーク上の"痛み"はホームページを見るような使い方をしているだけでは分かりません。動画や音声を伝送すると、ネットワーク上に問題があることはすぐに分かります。しかし、ネットワーク上のどこに問題があるかということはすぐには分かりません。こうしたネットワークの診断・計測技術はますます重要になると考えています。現在でも、イベントの際には必ず問題になりますが、今後動画や音声伝送が一般に浸透していくと、診断・計測技術も普及するのではないでしょうか。最近、ギガビットクラスの機器が市場に登場していますが、本当にそのスペックどおりの性能が出ているかどうかを確かめる技術そのものがそれほど成熟しているわけではありません。

遠隔ゼミをされていると聞きました。

 JGNを使って、広島大学、広島市立大学、佐賀大学、和歌山大学で、毎週遠隔ゼミを一時間半にわたって行っています。現在は、IPv6をテーマにした輪講の形態でのゼミです。双方向通信のため映像伝送MPEG2TSを使用し、遅延が問題になるので、音声の伝送については開発中のシステム(MRAT)を使っています。まだ、音声と映像のシンクロがとれていないのですが、音声については遅延が相当抑えられています。イベントなどで機器を移動することも多く、セットアップに時間がかかることもしばしばですが、このような点にも教育効果があると考えています。実際にやってみると学生にとっても、教員にとっても刺激になり非常に興味深いものです。東京・大阪などでは研究者の層は厚いかもしれませんが、広島のような地方都市では層が薄いので、研究者同士がネットワークを介して一緒に勉強会や研究を進められるのは大変ありがたいものです。他の大学より良い講義をしようという緊張感が働きますから、教育効果は期待していたよりもさらに大きいものになるというのが実感です。

利用上の苦心点について教えてください。

 偶然かもしれませんが、ワールドカップが開催された際に、佐賀大学からの通信にパケットロスが多かったということがありました。ATM部分よりイーサネットのほうが困ることが多いです。特に、全二重と半二重の切り替えスイッチが「自動」になっている場合が曲者であったりします。「自動」なら全二重の通信をするときにはそのように切り替わると期待していると、半二重に設定されたままになっているのです。特に、今回のプロジェクトの場合、広島県内のネットワークが10Mbpsの帯域しかないので、帯域的に余裕のない中で通信する場合が多く、トラブルシューティングにはずいぶん苦労しました。また、IPv6も使っていますが、IPv4とあまり違いなく使うことができています。ただし、マルチキャストとなると対応できないルータも残っています。マルチキャストについては、きちんとIPv6の仕様どおりに実装された機器が普及すれば、手動での設定がほとんどなくなるので、マルチキャストそのものも普及する可能性があると考えています。また、マルチキャストというとバックボーンの効率的な利用のイメージが強いのですが、LANの内部のマルチキャストが意外と普及するかもしれません。学内においてマルチキャストで教材を配信しながら講義を行うような使い方が考えられます。

JGNを利用した上での評価はいかがでしょうか?

 私たちにとって、JGNが良かった点は、人的なネットワークができたときに、継続的に何かができるという点でした。私たちは、多くのイベントにJGNを利用してきましたが、新しい技術の普及には、「体験してもらう」というフェーズが不可欠だと考えています。このフェーズの実現にあたってはJGNが非常に活躍したものと考えています。私たちが行ったイベントでは、多数の方々に参加していただいて行いますから、実験とはいえかなり緊張感が高いものでした。JGNが安定しているということも重要なポイントの一つでした。また、私たちは、JGNがなくなったら日常の研究が滞るくらいのヘビーユーザですので、ぜひ何らかの形で継続発展させていただきたいと感じています。

今後のテストベッドはどのようなものになるとよいでしょうか?
 アクセスポイントが豊富にあることが、こうしたテストベッドの価値につながると思います。また、今後は海外のインターネット2などと相互接続されると良いと思います。
 
  ◆おわりに

 絶え間ない実践を通じての現場感のあるコメントには説得力を感じました。お忙しいところご協力いただきました前田香織先生に感謝申し上げます。

文責:JGNウェブ編集部

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広島市立南観音小学校-タイ プラチャニウェット小学校の遠隔交流学習
リンケンバンド
RAT(Robust Audio Tool)
 
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