この研究が難しかった点を教えてください。
企業との共同研究ということで、知的所有権に関する扱いが問題になりました。JAISTは国立大学ですので、標準的な契約を用いるとかなり国にとって有利というか、情報を吸い上げるタイプのものになってしまいます。知的所有権を核にして世界的なビジネスを志向しているような企業にとっては、それでは共同研究を行うインセンティブが乏しくなりますので、これを調整するのがかなり大変でした。
もう一つ大変だった点は、企業の中でも技術者の思惑と会社全体や営業サイドの思惑はかなり違うところです。例えば、リンクユニットについても、技術者からはさらに廉価な製品をリリースしてはどうかという話が出たのですが、営業サイドから、利益が見込めないということで話が消えたということもありました。
しかし、企業と協力することで、実際に製品としてリリースされ、ユーザを獲得するのはこうした大変さ以上の価値があるものと考えます。
最初の試作機(写真右)に比べて、製品(写真左)ではかなり薄くなりました。こうした点も企業の努力で実現されたものです。
その共同研究はどのようにしてはじまったのですか?
私が、ソニーの方にリンクユニットのコンセプトを話したところ、私とよく似た関心を持っている方を紹介してくださいました。ちょうどその頃、ソニー内部では、IEEE1394の上にATMパケットを流すようなことを考えていたチームがあり、(実現したリンクユニットの姿とは違うのですが、)ともかくも関心領域が近かったため、一緒に研究を進めようということになりました。
現在研究されているテーマはどのようなものでしょうか?
現在、Viz Grid(Collaborative Visualization Environment on Grid Computing)というプロジェクトに参加しており、ヴァーチャルリアリティと実世界の融合を目指した研究を行っています。その中で、私はネットワーク関係の研究を担当しています。この研究において、私たちが「代理人端末」と呼ぶシステムでは、モニタに遠隔地からの参加者の顔を映し、遠隔参加者が自分でカメラの向きを操作したり、モニタの向きを操作したりします。まさに、目や首を動かせるような感じです。単なるテレビ会議とは違って、「代理人端末」を使うと遠隔参加者の存在感が格段に増します。実際に試作機を使ってみると、おもしろいことに、「代理人端末」は画面が大きくなると発言力が増すようだということまで分かってきました。
Vizgrid
ところで、JGNへの評価はどのように感じていますか?
まず、インキュベーションを行う場として非常に価値があると考えています。リンクユニットは成功例の一つと思いますが、学術研究から商品化、普及へと至るのはなかなか容易ではありません。研究は盛んに行われても、普及するフェーズには移行できないという「死の谷」の問題があります。実は「死の谷」を超えるとっておきの方法というものは特にないように感じます。ただ、一つの重要なポイントは、さきほども申し上げたように、「当たり前のことを当たり前にする」ということではないでしょうか。
次に、JGNが実現したおかげで、広帯域なネットワークを活用できる人材は確実に増えました。大都市圏や予算の潤沢な一部の機関を除くと、JGNがない限りこうしたチャンスはなかったのではないでしょうか。特に地方において、JGNの意味は大都市圏以上に大きいことは間違いありません。
また、効果が大きいのは、高速回線を利用するありがたみを実感として理解できる人が増えた点でしょう。数十kbps程度でストリーミングを細々と流すのと、数十MbpsでDVをそのまま流すのでは全く違うことが実感できます。シンポジウムのようなイベントで、DVクラスの動画像を見た人も多いでしょうし、その裏方として体験した人も少なからずいます。こうした人たちは、高速回線なしでは耐えられないようになっているのではないでしょうか。安定した専用線サービスにより、全国各地にアクセスポイントが整備された広域の高速ネットワーク環境を実現した意味は非常に大きいと思います。アクセスポイントまでの足回りを除き、距離に関係なく回線利用が無料で可能な点も利用者を拡大したと考えています。
最後に、ギガビットセンターとネットワークオペレーションセンター(NOC)の明確な問い合わせ窓口が整備されていたことも評価できる点だと思います。大規模な研究プロジェクトでも、有名な先生のところ等に閉じて整備される場合がありますが、ネットワークのテストベッドの場合には様々な分野の人に開かれていること自体が価値になります。私は、ギガビットセンターとNOCが、公正かつオープンにテストベッドを運営した意味は非常に大きいと感じています。
JGNv6ネットワークは、研究者による自律分散的なネットワークとして運営されていますが、
むしろ以前からの運用の方が望ましいということでしょうか?
私自身もJGNv6に運用管理者として関わっていますが、JGNv6については現状のようなコミュニティベースの研究体制が望ましいと思っています。IPv6そのものが、今後、さらに研究を進めていかなければならない技術ということもありますので。
ただ、一般的には、コミュニティベースが良いか、ビジネスライクなものが良いかは一概には言い切れないものです。と言うのも、コミュニティの内部の構成員にとっては生産性が高くても、外部の人には不明な部分が多いために潜在的な利用機会が失われているかもしれません。あまりこの点を指摘する人は少ないのかもしれませんが、それにしても、JGNの問い合わせ窓口がオープンに運営されていることは高く評価すべきだと思います。
次世代テストベッドへの期待はいかがでしょうか?
足回り(アクセス)でラムダ(光波長)の研究ができるテストベッドを期待しています。すでにカナダなどでは登場していますが、日本縦断のラムダ網ができるとよいと考えています。
カナダのCanarie
JAISTには、手作りでMPLSルータを実装しているAYAMEというプロジェクトがあるのですが、このチームもラムダ対応を開始しています。また、JGNを利用して研究開発も進めています。
AYAME
私は、ネットワークのエッジ部分に興味があるので、ぜひ新しい研究環境の登場を期待しています。
最後に、日頃のネットワークの研究を通して感じる点などありますか。
未だに学者としてのキャリアのためには、論文を書くことが最優先で、実際に動くものを作ることが評価されにくい仕組みがあります。非常によく使われているオープンソースのソフトウェアの開発者がそのソフトを開発していたために修士課程を留年したといった話がよくあります。動くものを作ることは論文を書くことと同様に大変であるし大切であることですから、それを評価する仕組みも重要だと考えています。
|