NICT総合テストベッド研究開発推進センターでは、超高速研究開発ネットワークテストベッドJGN上で、2020年2月にさっぽろ雪まつり映像およびプロ野球キャンプ映像をコンテンツとした映像配信実証実験を実施しました。実験はNICTと産学官57組織がそれぞれ技術や人材、機材を持ち寄り、札幌、東京、大阪、沖縄をはじめとする全国規模での実験となりました。
2月5日、6日にはグランフロント大阪内 The Lab.にて大型プロジェクタを用いた8K超高精細の立体映像および8K映像伝送の公開デモンストレーションを行いました。また、2月4日から7日までの期間、沖縄県名護市では名護市役所にて、札幌ではHTB(北海道テレビ)本社にて8K映像公開を実施しています。
本映像配信実験では、通信、放送、映像や周辺技術のさまざまな先進的実験を毎年行っており*1、今年はフル解像度8Kの非圧縮映像ストリーム2本を同期させて3D映像として再生するトライアルをはじめとして、放送・映像技術に関する実験、また、ソフトウェアPC 100Gbpsルータによる伝送などの先進的通信技術の実証実験、映像・通信機器の対サイバー防御性能検証など、各組織がそれぞれ技術的課題を持ち寄り、連携することで数多くのテーマに関する実験を行いました。本記事ではその一部をご紹介します。
今回の実験では、NICTの超高速研究開発ネットワークテストベッドJGNと、国立情報学研究所が整備運用する学術情報ネットワークSINET5の連携により、札幌-大阪間で独立した2本の100Gbps回線で実験拠点を結び、超高精度の立体映像を再現することが可能となりました。
加えて、地域ネットワークとの連携により、各拠点での公開デモンストレーションが実現しています。
*1 : | 毎年2月に実施する映像配信実証実験では、実運用環境に近い「リアルな実験場」を一から構築し、ネットワークや映像に関わるさまざまな先進的実験を2004年から行ってきています。8K非圧縮映像の処理には、JGNと同様、NICTが提供するテストベッドの1つである大規模エミュレーションテストベッドStarBEDを利用しています。 |
●放送・映像技術
1)フル解像度8K非圧縮ストリームによる立体映像配信
近年の8K映像技術開発は、より付加価値の高い製品や、高臨場感へと対象がシフトしています。今回はそのひとつとして、フル解像度8K映像を非圧縮で遠隔伝送し、大型プロジェクタによる3D映像再現に成功しました。8K映像はハイビジョン映像の16倍の空間解像度(7680x4320)となり、さらに従来のデュアルグリーン方式(8K-DG)に代わり、今回実験に使用したフル解像度8K映像(YUV4:2:2 10bit)は非常に高画質ですが、これを圧縮せずにIPで伝送する場合、1映像素材あたり48Gbps (伝送時にはヘッダによるオーバーヘッドを含むため、今回の実験設定では1映像素材あたり約51Gbps)の帯域が必要となります。
今回は3D投影の際に必要な右(R)チャンネルと左(L)チャンネルとなる映像を、雪像前に2台のフル解像度8Kカメラで撮影しました。2台のカメラの設置位置は雪像との視差角と距離から算出します。また、カメラ1台からの映像は伝送時に51Gbpsとなるため、雪像前からデモンストレーション会場まで100Gbps回線を2本分確保しています(一部区間は光伝送装置による光波長多重)。
RチャンネルとLチャンネルの映像は、ほとんどの区間を別の物理経路を使って送信するため(図<フル解像度8K非圧縮ストリーム立体映像配信構成>を参照)、受信側では映像を同期し、遅延差による再生時の画像ズレを防いでいます。
大型プロジェクタはフレームシーケンシャル方式により、秒間120フレームをL、Rチャンネル交互(Rチャンネル60p、Lチャンネル60pで合計120p)に投影し、鑑賞時には偏光3Dメガネを着用することで超大画面での立体映像を実現しています。
2)8K映像リアルタイムエッジ処理による映像高速切替
汎用マシンに実装したネットワークスイッチ機能を持つ端末(神奈川工科大学で開発)にて、フル解像度8K映像の2つの映像素材(1つあたり51Gbps)を高速に切り替える、大容量データリアルタイムエッジ処理実験を実施しました。端末はDPDK(Data Plane Development Kit)を利用して実装しており、最小時間で映像切替を実現するために、IPパケット内ペイロード部の差し替え処理を行います。
3)圧縮8K映像配信・高精度時刻同期配信
8K映像を伝送するには非圧縮で送信する方法のほか、通信帯域が限られた環境や放送波で映像を配信する際はデータの圧縮が必須となります。実験では放送波のほか、地方局間や中継現場と局間などさまざまな環境や利用を前提として、異なる圧縮率や伝送オプションを持つ機器の検証実験を行い、特定環境下での設計やプロトコル実装における複数の改良点を明らかにしました。
また、ネットワーク上でマイクロ秒以下の精度での時刻同期が可能な超高精度時刻同期(Precision Time Protocol (PTP)) は、映像分野のIP化に伴い、映像制作や伝送の分野においても重要な技術となってきています。各実験拠点に時刻ソースとしてGNSSアンテナを設置し、GNSSを時刻源にPTPグランドマスタークロック(PTP GM)にて、PTPとBlack Burst(BB)信号を生成。各実験拠点にPTP GMからPTPとBBを配信し、実験装置をGNSS由来の時刻に同期させた状態で、解像度8K映像Video over IPによる長距離伝送実験を行いました。
4)超臨場音響環境再現技術
高臨場感の実現には映像のほか、音響も非常に重要な要素となります。今回、WIDEプロジェクトのSDM(Software Defined Media)ワーキンググループの参加により、超臨場感音響空間合成に向けてのトライアルを行いました。
●先進的通信技術の実証実験
・高速ソフトウェアルーティングエンジンKamuee
今回のフル解像度8K非圧縮ストリームによる立体映像配信では、Lチャンネル映像の通信経路上に、NTTコミュニケーションズが開発したPCベースで稼働する高速ソフトウェアルーティングエンジンKamueeを組み込み、一連の実験とデモンストレーションを行っています。実験環境はJGNの基幹ネットワークを構成するルータ群をはじめ、数多くのネットワーク機器が混在する環境となっており、50Gbps超の大容量リアルタイムデータマルチキャスト配信においても、Kamueeが実運用可能であることを示しました。また、実験構築時のトラブルシュートにおいてもKamueeのトラフィック観測機能が活躍しました。これらは開発チーム自らが実験に参加することで実現しています。
●対サイバー防御性能検証
・映像系配信網へのセキュリティペネトレーション
昨年に引き続き、独立行政法人 情報処理推進機構(IPA) 産業サイバーセキュリティセンターの主導のもと、産業サイバーセキュリティ高度人材育成プログラムメンバにより種々のペネトレーションを実施し、実験時点で未知あるいは実験時点で修正プログラムがまだ存在しないゼロデイの脆弱性が複数発見されました。これらは実験参加者にフィードバックされ、ソフトウェアや機器のセキュリティ強化に貢献しています。
本実験がNICTの主催のもと、企業、大学、研究組織は、最新の技術課題の実証実験という共通の大きな目的を持ち参加しています。そのうえで、参加する組織は個々の課題に応じて、開発中の機材や製品、ソフトウェア等を持ち寄り、設計段階から深く関わることで、実運用と同様、多種多様な機器が混在する環境を構築しています。
実験は1月下旬から札幌、東京、大阪ほかの各拠点でそれぞれ参加組織のメンバが実験システムの構築、解体まで行っており、現場でプログラムの修正やハードウェアファームの更新を行いながら運用を行ってきました。構築、運用の実践を通じて研究者・エンジニア・学生を横断した技術的知見の共有、人材育成の側面においても貴重な場となっています。