昨年から続くコロナ環境下において、通信・放送分野においても感染拡大防止、運用継続性の観点から、運用者の分散、遠隔運用や撮影・制作の制限など通常の業務フローが大きく変わりつつあります。今回実験では、ウィズコロナ時代の映像制作、ネットワーク運用技術そのものを技術課題とし、超高精細映像を用いた広域映像配信実証実験を行いました。
1)ライブ映像を用いた「IPリモートプロダクション実験」
放送業界で注目されるリモートプロダクションでは、IPネットワーク上で生中継を実現するために高精度な時刻精度が必須となるため、高精度時刻同期プロトコルPTP(Precision Time Protocol)が定められています。今回実験ではPTP unaware環境においてPTPおよびリモートプロダクション映像素材の長距離伝送・同期に成功しました。
リモートプロダクションは東京に疑似制作センターを設置、映像素材は札幌に設置した4Kカメラ映像から実験回線を使って伝送したものと、東京のセンター内に設置した4Kカメラ映像、保存された映像素材を使って制作センターで1つの映像に合成します。リモートプロダクションではPTPによる同期が必要となりますが、データをある地点からある地点へ伝送する際の伝送遅延は常にゆらいでいるため、放送で求められる1μ(マイクロ)秒単位の高精度な同期のためには、伝送遅延のばらつきが最小となるようリアルタイムでいかに補正するかが大きな課題となります。今回は沖縄で生成したPTPをネットワーク経由で札幌と東京に伝送し、札幌―東京間での映像同期およびPTP時刻同期を実現しています。
2)各実験拠点での ”密集・密接” を避けた「遠隔による大規模実験運用」
また、今回の実験実施にあたり、各実験拠点での密集・密接をいかに避けるかが運用上の大きな課題でした。多数の実験課題を開発と同時並行して実施する実証実験の性質上、これまでは現地で相互接続試験、構成変更、設定作業を行っていました。今回は計画時から遠隔運用そのものを課題として設定し、複数のチームに分離、日程をずらして順次作業を行ったほか、各実験機器は遠隔操作ができるよう設定し、物理作業は現地入りしたメンバが代理で行う、そのために手順の共有、各種コミュニケーションツールを活用するなど多くの工夫を行って実験が実現しました。無人環境下での運用機器物理監視、再起動等の操作のため、リモートコンソール、リモート電源監視装置に加え、映像や機器状態の物理監視用にWebカメラの利用、一部はロボットによる光ファイバ配線の物理切り替えも実験的に行っています。
3)映像制御機器やネットワーク機器に対するペネトレーション
独立行政法人 情報処理推進機構(IPA) 産業サイバーセキュリティセンター主導のもと、昨年に引き続き、映像制御機器やネットワーク機器に対する種々のペネトレーションに取り組みました。今年は中核人材育成プログラム修了者、4期受講生、講師などの混成チームで組織化し、複数の脆弱性を組み合わせた連携テストやツールの高度化、更にはセキュリティ製品での検知精度の検証を実現しました。これから使用が予定されている新技術に対しても脆弱性の検証を行っており、結果は実験参加者にフィードバックされ、ソフトウェアや機器のセキュリティ強化に貢献しています。
4)「セグメントルーティングによる超高精細8K非圧縮映像配信実験」、他
国内縦断100Gbps実験回線は、JGNのほか、国立情報学研究所(NII)が構築運用するSINET5の協力により実現しています。また、SINET5上のNFV(Network Functions Virtualization)サーバを利用し、分散VMからの8Kマルチキャスト配信実験や、通信路上で複数のサービスを連結させるセグメントルーティングとソフトウェアベースのパケットスイッチによる映像同期実験も行いました。
その他、多くの参加組織が実験を並行して実施しています。
メインとなる映像は事前に沖縄で8K撮影、NICTが提供するテストベッドStarBED*3 にて蓄積、映像ソースとして配信しました。
映像撮影・配信は、NICTと共同研究を行う企業・大学を中心に、実験システム構築は、多くの企業が参画することにより可能となりました。ネットワークや8K映像配信の実験環境は、各企業が持ち込んだ開発中プロトタイプ機器や製品を組み合わせて構築したマルチベンダ構成であり、実験を進める中で開発チームが自らソフトウェアの改良やハードウェアの組換えを行い実現しています。
また、サイバー関西プロジェクトを通じた産学官間の連携や、大学の学生、企業の研究者やエンジニア間の本プロジェクトを通じた技術的知見の共有、人材育成の場ともなりました。
これらの実験は、下記の[実証実験 参加機関]に記載の機関の協力・協賛を得て実施しました。
2003年から毎年最新の技術課題に取り組んできた映像配信実験ですが、今回は過去にない環境での実験となり、技術面のみならず、実験の進め方そのものも含めて、研究・開発活動との両立に向けたトライアルとなりました。本実験の成功を足掛かりとし、国内での8K映像中継技術開発に向けて各組織が一丸となった技術開発を引き続き支援していきます。
*1「JGN」: | NICTが日本国内及び海外で構築・運用している、研究開発ネットワークテストベッド。国内外の実験拠点とそれらを結ぶ最大100Gbpsの回線を実験環境として提供している。[JGNサイト] <JGN構成図>
拡大
|
*2「8K」: | 4Kは、高品質テレビ規格で、現行のフルハイビジョンの画素数(約200万)の4倍にあたる800万画素を持ち、高精細な映像品質を実現する。放送向けの4K規格では横3,840×縦2,160の画素数であり、横方向の画素数が約4,000であることから4Kといわれる。日本では、2014年に試験放送を開始、2015年にCS放送及びケーブルテレビにて商用放送を開始、2018年にはBSにて実用放送が開始されている。8Kは、NHK放送技術研究所が中心となって開発されているテレビ規格であり、4Kの約4倍、現行のフルハイビジョンの約16倍にあたる3,300万画素を持つ。横7,680×縦4,320の画素数であり、横方向の画素数が約8,000であることから8Kと呼ばれ、ウルトラHD(UHD)又はスーパーハイビジョンとも呼ばれる。2018年にNHKがBSにて8Kの実用放送を開始した。 今回の実験での非圧縮区間は3G-SDI信号を8本使用するデュアルグリーン方式をとっており、通信に必要な帯域は1ストリーム当たり約25Gbpsとなる。 |
*3「StarBED」: | NICTが2002年から運用している、多数のPCを用い実環境向けのソフトウェア・ハードウェアを動作させることで、それぞれの検証を行うためのテストベッド環境。[StarBEDサイト] |