一昨年から続くコロナ環境下において、通信・放送分野においても感染拡大防止、運用継続性の観点から、運用者の分散、遠隔運用や撮影・制作の制限など通常の業務フローが大きく変わりつつあります。今回の実験では、ウィズコロナ時代の映像制作、ネットワーク運用技術といった課題を継承しつつ、超高精細映像を用いた広域映像配信について超高速ネットワークや最新の技術や規格を取り入れて高度化する実証実験を行いました。
1)世界初となる広域400Gbps接続・回線運用
札幌〜東京〜大阪間において広域・複数組織での400Gbps回線接続及び当該回線の運用、当該経路を利用した300Gbps以上のデータ伝送を実施しました。2022年1月27日に実現したこの広域400Gbps回線接続については、広域・複数組織間の接続としては世界初の事例となりました。
この国内縦断400Gbps実験回線は、NICTのJGNのほか、国立情報学研究所(NII)が構築中のSINET6、独立行政法人情報処理推進機構(IPA) 産業サイバーセキュリティセンター(ICSCoE)、サイバー関西プロジェクト(CKP)、アルテリア・ネットワークス株式会社の協力により実現しています。
2)NMOSを用いたマルチベンダIPリモートプロダクション実験
異なるメーカーや複数種の映像機器製品が共存する環境での相互運用性向上のため、AWMA(Advanced Media Workflow Association)主導でNMOS(Network Media Open Specification)という規格及びAPIが策定・開発されています。今回の実験では、東京に設置した疑似制作センターから、札幌、大阪等に設置した複数メーカーの映像機器の自動検出・登録・制御や設定変更及び映像伝送が実施できることを確認しました。
映像素材は札幌と大阪に設置した4Kカメラ映像/音声、札幌の8Kカメラ由来のHD信号及びJPEG-XSコーデックで符号化されたHD信号を、実験回線を使って伝送し、また東京のセンター内に設置した4Kカメラ由来のHD信号、保存された映像素材を使って制作センターで1つの映像に合成します。
また、リモートプロダクション・放送技術では1μ(マイクロ)秒単位の高精度な同期のため、PTPによる時刻同期が必要となりますが、今回は奈良で生成したPTPをネットワーク経由で札幌・東京・大阪に伝送し、札幌―東京―大阪間での映像同期およびPTP時刻同期を実現しています。
3)EVPN over SR-MPLSを利用した動画ストリーム伝送経路の切替
リモートプロダクションで利用する映像伝送用ネットワークを、EVPN over SR-MPLS上の物理的な経路が異なる複数パスに設定し、このパスを映像伝送中に切り替える実験を実施しました。SMPTE ST 2022-7にて規定されている伝送路間のシームレス(ヒットレス)切替を実験したもので、エンドユーザ向けの出力映像からは切替がほぼ認知できない程度の良好な結果を得られました。今後、コンテンツ制作のシステムへのSDNコントローラの実装可否(帯域管理と負荷分散を考慮した経路選択やリソースアロケーションを実行する)も業界の検討課題として上がってくるものと思われます。
4)映像制御機器やネットワーク機器に対するペネトレーション、負荷試験
独立行政法人情報処理推進機構(IPA) 産業サイバーセキュリティセンター主導のもと、昨年に引き続き、映像制御機器やネットワーク機器に対する種々のペネトレーションに取り組みました。今年はペネトレーション実施チームだけでなく、ペネトレーションを受けたシステムのインシデントレスポンスチームまでを組織し、設定の不備から不十分な実装、プロトコル上の問題まで複数の問題を洗い出すことができました。特にIPマルチキャスト関連やNMOS関連についてはこれまで未知の脆弱性を含め多くの問題を発見することができました。結果は実験参加者にフィードバックされ、ソフトウェアや機器のセキュリティ強化に貢献しています。
また、400Gbps回線・ネットワーク機器へのDoSによる負荷試験を実施し、東京-大阪間で395Gbpsの負荷トラフィックの伝送を記録しました。400Gbps伝送区間の一部に400GbpsのLAG構成を利用した場合にリオーダリングが発生し映像素材が正常に受信できない、一部ルータでショートパケットの取り扱いに問題がありワイヤレートでの伝送ができない問題などを洗い出すことができ、ネットワーク機器ベンダ等へのフィードバックも実施しました。
5)超高精細8K非圧縮映像を利用した各種配信実験・性能評価、他
SINET5上のNFV(Network Functions Virtualization)サーバを利用し、分散VMからの8Kマルチキャスト配信実験や、札幌と沖縄に設置した8Kカメラの映像やStarBEDに格納した8K映像素材を用いて、通信路上で複数の映像処理サービスを連結させるサービスチェイニングの実験を実施しました。今回新たに8K非圧縮映像のフォーマット変換を行う10Gbps超の映像処理機能をソフトウェアで実現し、ソフトウェアパケットスイッチを用いて、映像スイッチング処理との連携によるリアルタイム映像制作実験を行いました。
その他、8K低遅延圧縮伝送装置を用いたマルチキャスト伝送実験や、各社の8K映像伝送装置のトラフィック伝送時の特性評価、100Gbps級トラフィックモニタリング等、多くの参加組織が実験を並行して実施しています。
メインとなる映像は事前に沖縄で8K撮影を行い、NICTが提供するテストベッドStarBED*3 にて蓄積、映像ソースとして配信しました。
映像撮影・配信は、NICTと共同研究を行う企業・大学を中心に、実験システム構築は、多くの企業が参画することにより可能となりました。ネットワークや8K映像配信の実験環境は、各企業が持ち込んだ開発中プロトタイプ機器や製品を組み合わせて構築したマルチベンダ構成であり、実験を進める中で開発チームが自らソフトウェアの改良やハードウェアの組換えを行い実現しています。
また、サイバー関西プロジェクトを通じた産学官間の連携や、大学の学生、企業の研究者やエンジニア間の本実験を通じた技術的知見の共有、人材育成の場ともなりました。
これらの実験は、下記の[実証実験 参加機関]に記載の機関の協力・協賛を得て実施しました。
2003年から毎年最新の技術課題に取り組んできた映像配信実験ですが、今年も多くの実験・運用が無人・遠隔といった制約を受けながらも、超高速・広帯域ネットワーク運用、映像機器のマルチベンダ運用、仮想ネットワークを活用した8K映像伝送やサービスチェイニング、新たな脆弱性やセキュリティ上の不備の発見など、数多くの成果をあげることができました。本実験の成功を足掛かりとし、国内での8K映像中継技術開発に向けて各組織が一丸となった技術開発を引き続き支援していきます。
*1「JGN」: | NICTが日本国内及び海外で構築・運用している、研究開発ネットワークテストベッド。国内外の実験拠点とそれらを結ぶ最大100Gbpsの回線を実験環境として提供している。[JGNサイト] <JGN構成図>
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*2「8K」: | 4Kは、高品質テレビ規格で、現行のフルハイビジョンの画素数(約200万)の4倍にあたる800万画素を持ち、高精細な映像品質を実現する。放送向けの4K規格では横3,840×縦2,160の画素数であり、横方向の画素数が約4,000であることから4Kといわれる。日本では、2014年に試験放送を開始、2015年にCS放送及びケーブルテレビにて商用放送を開始、2018年にはBSにて実用放送が開始されている。8Kは、NHK放送技術研究所が中心となって開発されているテレビ規格であり、4Kの約4倍、現行のフルハイビジョンの約16倍にあたる3,300万画素を持つ。横7,680×縦4,320の画素数であり、横方向の画素数が約8,000であることから8Kと呼ばれ、スーパーハイビジョンとも呼ばれる。2018年にNHKがBSにて8Kの実用放送を開始した。 今回の実験での非圧縮区間は3G-SDI信号を8本使用するデュアルグリーン方式および12G-SDI信号を4本使用するフルサイズ8K方式を用いており、通信に必要な帯域はそれぞれ1ストリーム当たり約24Gbpsおよび48Gbpsとなる。 |
*3「StarBED」: | NICTが2002年から運用している、多数のPCを用い実環境向けのソフトウェア・ハードウェアを動作させることで、それぞれの検証を行うためのテストベッド環境。[StarBEDサイト] |