VOICE  総合テストベッドインタビュー  Vol.015 

<JGNユーザ・インタビュー>

ShonanFutureVerse:人々が「目指したい都市の未来像」をバックキャスティングで実現する

  ― 3Dの都市・地形データを基に、リアリスティックな交通流・人流を持つ仮想未来都市を構築! ―
第14回総合TBインタビュー|神奈川工科大学 教授/丸山充 氏
   
■株式会社 アイ・トランスポート・ラボ 技術部開発課課長 小宮粋史(こみや ただし)氏

第15回インタビューは、株式会社 アイ・トランスポート・ラボの技術部開発課課長 小宮粋史様にお願いしました。 小宮様のグループでは、仮想未来都市を 3D 仮想空間として体験できる「FutureVerse」の実証実験を、横須賀市や藤沢市の3D都市データを題材として行っています。AR装置を通じて、人々の目の前にリアルタイムで都市の「実現したい未来(キラバース:KiraVerse)」や「避けたい未来(ヤバース:YaVerse)」を具体的な像として表示することで、理想的な未来状態の実現のためのフィードバックループを実現することを研究の目的としています。また、SNSの投稿分析や携帯端末のGPS位置情報に基づく都市スケールでのトラフィック予測モデルを用い、混雑状況や交通に与える影響を分析することで、広域の人口変動の基礎予測モデルの開発を行っています。 今回のインタビューでは、NICT委託研究「ShonanFutureVerse:仮想都市未来像にもとづく超解像度バックキャスティングCPS基盤」の舞台裏について伺いました。(Web会議システムを利用し、リモート環境にてインタビュー)

  <インタビューのポイント>
   ● ShonanFutureVerseプロジェクトでは、交通シミュレーションを用いて目指したい未来像(キラバース)と避けたい未来像(ヤバース)をVRで可視化し、現在の施策立案に活かそうとしている。
   ● ナウキャストシミュレーションとその推定結果を元に構築するフォアキャストシミュレーションによって、交通状況をはじめとした街の環境を描き出す。
   ● 江ノ島周辺で行っている実証実験では、人流シミュレーションと混雑予測データとを組み合わせることに成功。今後リアルタイム性のある人流予測の実現を目指している。
   ● プロジェクトでは、その計算資源としてStarBEDを活用し、シミュレーションの精度を向上させようとしている。
   ● 自治体との実験やB5G環境の利用などさらなる実証実験、そして社会実装を目指している。

1. ShonanFutureVerseによって、目指したい都市や実現を避けたい未来をVRで再現。未来を可視化し、施策の確立を助ける。

───ShonanFutureVerseについてお聞かせください。まず改めて、研究内容等の全体像を紹介していただけますか?

小宮氏(以下、小宮):弊社は交通シミュレーションを扱っている大学発ベンチャー企業です。主に渋滞の再現や人の動きといったものを計算して評価しています。ShonanFutureVerse*1のコンソーシアムの中ではナウキャストシミュレーション*2やフォアキャストシミュレーション*3といった取り組みをさせていただいています。具体的には、目指したい都市の未来像をVRで再現することです。一個のある施策があった場合、良い未来「実現を望む未来」、悪い未来「実現を避けたい未来」のふたつのシナリオ、キラバース(KiraVerse)とヤバース(YaVerse)と呼んでいますが、これを描き、その過程をバックキャスティング*4して、まちづくりにおいて、行政が現在の政策に落とし込む、あるいは地域の方に対する情報支援を行うのが我々の取り組みです。

キラバース/ヤバースの概念図
キラバース/ヤバースの概念図
拡大
バックキャスティングの概念図
バックキャスティングの概念図
拡大

道路の例をあげますと、「道路が混むからあなた出発時間を遅らせてください」といったようなことをやると人々の行動が変わって、想定よりも混まなかったとか、逆にそういった案内がなくて、道路が過剰に混んでしまったとか、そういったような施策があると思うんですね。これらの施策で起きた未来の状況をシミュレーションで評価します。出発時間をずらさなくても大丈夫ですよ、ということをやった場合には、いわゆる「ヤバース」という未来が訪れますと。今の施策というものが、何も出来ていない施策だったと。これを「ヤバース」で表現して、何をやったからこうなってしまったというものを今のところに戻してくるというループです。よりよい未来を作るために今どうするかというものをループしていくという理解ですね。

もともと交通シミュレーションは、ある道路が開通する時に、今の道路状況がどう変わるかとかそういったことを評価することが多くあります。ある道路が1車線閉鎖された場合に、渋滞がどれだけ悪くなるかとか、そういった評価のために使います。しかし、都市全体の人の流れや行動が変わったときの都市の変化を評価することは、まだ一般的ではありません。規模や道路交通が主眼であって、一人ひとりの行動の変化にはなかなか着目していませんでした。従来、よくある交通シミュレーションの業務では、車一台一台の動きまでは追いません。例えば一時間単位で集計した車の量が現実で観測された量と合っているとか、そういったレベルでよしとされます。それでも平均的な状況を見る分には十分だと思うのですが、さらに突き詰めていこうと思えば、一台一台の状況までやっていけると思うので、これを突き詰めて行きたいというのはあります。

───ループというのは、シミュレーションによって出てきた「これをやったらいいよ」という施策を現実に実装して、という繰り返しというイメージでしょうか?

小宮:実際に人が動いてくれればいいのですが、提案した施策の通りに人々が動くかどうかは、また別の課題としてあります。ある施策を行い、施策や未来を皆さんにわかりやすく伝える方法も、我々の問題のひとつです。ヘッドマウントディスプレイを使ったりしています。どういう見せ方ができるかは考えていますが、そのあたりに詳しい会社さんもコンソーシアムにおられますので協力しながらになります。例えば、車一台一台のドライバーの目線で出すとかもあり得ると思います。ドライバーの目線で出した時に周りの景色が全く現実と違ったり、一色だったりしたら何も面白くないので、そこをどうリアルにできるかというところも必要なのですが、我々が手を出せる分野ではないので、地図会社さんやVRの会社さんと協力しながらやっていくというところかと思います。

───このようなシミュレーションは、実際に測定したマクロなデータを使って行っているのでしょうか?

小宮:はい。その一環として、ShonanFutureVerseのプロジェクトとは別に、NICTが関係している別のプロジェクト*5があります。そこでは、疑似人流データの生成に取り組んでいます。また、私たちのコンソーシアム内の別の会社では、携帯端末の情報を基に得られる人流データから個々のトリップチェーンをAIで再現する取り組みをしています。具体的には、ある人が家を出て、その移動が通勤なのか、買い物なのかなど、移動の目的を特定し、どこに行って何時に帰るのかといった一人ひとりの動きをAIを用いて生成する研究を行っています。これらの技術を組み合わせることも検討しています。

ただ、データをとってくるところが大変です。人流のデータは、携帯のGPSとか人流データとか世の中には出ているのですが、これらのデータを他のことに使うことに対してライセンスの縛り*6が非常に厳しいです。個人の動きを再現してはいけませんとか、利用規約が大きいです。これを一人ひとりの動きを表現できるような使い方にまで持っていくのは大変ですね。

───ナウキャストシミュレーションを実現するうえでの技術的課題はどのようなものがありますか?

小宮:いかに観測できるかというところが大きいです。今の状況をいかに観測できているか。その観測したものをシミュレーションモデルに入れることによって、観測に絶対に完璧なものはないので誤差が生まれてきますよね。誤差を持った観測データから、いかに今の状況をうまく再現できるかと。交通の場合はまさにそうで、道路一本一本にセンサーがついているわけでもなくて、限られたセンサーだったりとか、観測される車一台の軌跡や動きはわかるけども、全部の車の動きは到底わからない。そうした中で全体の量をシミュレーションを使って推定していくといったことです。

多分、人の動きに関してもそうですよね。携帯のGPSを持っている人も、あくまでサンプルデータであるし、先ほど申し上げたように利用規約にも絡んできますが、ピンポイントのデータってなかなか出してくれません。メッシュで集計されていたり、時間帯集計であったりしか手に入らない。粗いデータから如何に個々の詳細な状況を再現できるかということです

さっきのキラバースやヤバースの話も、見える景色が、建物はしっかりしているけども、動いている車が全然違うようだったら、おそらく伝わらないんじゃないかなというふうに思いますし。

よくあるものとして、街並み自体はVRでしっかり再現されていると思っても、中で動く人とか車とかってなかなか適当に作られていたりとか……。適当といったら悪いですけど、何も現実の情報に基づかずに作られているものが多いと思います。それに対して我々がやっているようなことが、本当に実際の車の動きとか、人それぞれの今の状況を再現できるというところにやりがいがあります。実際車の動きって窓から見れば目で見てわかるものですよね。これを計算機をつかって再現するところに非常にやりがいを感じます。さらに言えば、今すごく渋滞しているんだけども、一個の違法駐車の車を自分の手でどけたら、一気に車の流れがよくなるとか、そういったものも評価できるのではと思います。

───キラバース/ヤバースの想定は他にどのようなものがあるのでしょうか?

小宮:単純に街のきれい、ごみであるとか、炎天下の中で人の健康上の問題が発生しますとか、いろいろなキラバースやヤバースがあるといった形です。定義に関しては、何か具体的な値があるわけではありませんが、明らかに良い未来、悪い未来といえるのが場合によってあると思います。例えば防災の観点や熱中症リスクについては評価事項を明らかに出来ているので、ケーススタディとして扱っていくというところですね。 防災については、例えば河川氾濫があったときに、通れなくなる道路があるので、道路の交通状況がどうなるかというシミュレーションをやっています。

災害シナリオと連携した交通環境フォアキャスト
災害シナリオと連携した交通環境フォアキャスト
拡大

あと人流ですね。公園の中の人流とか、江ノ島の街の中で人が集まりすぎて動けなくなる、そういったものに関しては人が動く、ミクロスケール人流・交通フォアキャストのシミュレーションを使って評価を行っています。

*1:ShonanFutureVerse
「仮想都市」の未来像をメタバースで具現化し「現在都市」のあるべき姿を示唆するプロジェクト。人の行動変容に資する超解像度情報をリアルタイムかつ適応的に生成、配信、提示する基盤技術を創出することを目的としている。 環境・防災面を中心に神奈川県南部湘南地域において広域実証を行っている。
【参照】 NICT委託研究05401「ShonanFutureVerse:仮想都市未来像にもとづく超解像度バックキャスティングCPS基盤」

*2:ナウキャストシミュレーション
現在の状況を反映するデータに基づいて、即時的に予測を行う手法やモデルのこと。本研究においてはプローブやセンサー等で得られた観測データを基に、現在の交通状況を逐次推定する。これらの実空間情報を一つの仮想空間に統合し、交通流シミュレーションで「今の」交通状態を再現する。

*3:フォアキャストシミュレーション
ナウキャストで得られたリアルタイム観測データを基に未来の状況の予測を行う手法のこと。

*4:バックキャスティング
目標とする未来を設定し、そこから逆算して現在何をすべきかを導き出す手法のこと。

*6:ライセンスの縛り
個人の位置情報は、それ単体では一般に特定の個人を識別することができないため個人情報には該当しないが、人流データのうち、軌跡データについては、一人一人の移動軌跡を把握するものであり、個人に関する情報に該当する。例えば、個人に関する位置情報が連続的に蓄積される等して特定の個人を識別することができる場合や、個人に関する位置情報と会員情報等の個人情報をひも付けて管理している場合等、他の情報と容易に照合することにより特定の個人を識別することができる場合には、個人情報に該当する。このようなデータは個人情報保護法に基づき扱う必要があり、通常オープンデータとしては提供されない。利用目的以外の目的のために臨時的に利用・提供する場合は、法令に基づく場合を除き、本人又は第三者の権利利益を不当に侵害するおそれがなく、かつ、個人情報保護法第69条第2項各号のいずれかに該当する必要がある。
【参照】地理空間情報の活用における個人情報の取扱いに関するガイドライン



2. 江の島の街中を歩く人流を再現。予測精度を高め、リアルタイム性のあるシミュレーションとしていく。

───江ノ島周辺で行っていることについて、詳しく解説して頂けますか?

江ノ島周辺ミクロスケール 人流・交通フォアキャスト
江ノ島周辺ミクロスケール 人流・交通フォアキャスト
拡大

小宮:この図は江ノ島の片瀬橋周辺*7の歩行空間をシミュレーション画面に入れています。左の図の航空写真の交差点を拡大したものが、右側の人流シミュレーション画面です。この画面は建物用のモデルを使用しているので、人が動くところに全部壁が出てきてしまうのですが、実際には街中です。線を引いてあるというようなイメージですね。これらの一つ一つが道あるいは建物の中、それを表しています。基本的には人一人一人が皆目的地に向かって歩いていきます。その時に周りに人がいると接近しすぎないようにするパラメータが入っていて、混み合ってくると反発しあって動きが悪くなります。

あと床面にポテンシャルを持っていて、皆が使いたい床、使いたくない床が設定されています。皆が使いたくないのは壁の角とか、入り組んだところなどです。一方皆が使いたいのは最短距離で進めるようなところです。皆が使いたい空間があるけども、そこにいっぱい人がいると、人は避けなきゃいけないということです。ポテンシャルは現状では空間構成に基づく静的な値が入っています。そこも開発中のところです。例えば広い広場とか、広い公園のような空間だったら時間と共にポテンシャルが変わるのはあると思います。例えば日陰になったらそこに行きたがるとか。これからシミュレーションモデルに組み込んでいく予定です。

そろそろ公園にセンサーをおいて、データを集めて実際にモデルに入れて評価するとか、江ノ島に関しては人流予測データを頂いて、それでシミュレーションを動かしてウェブ上で結果を出すといったような実証実験に取り組んでいるところですね。シミュレーションを動かして、シミュレーション結果の精度の確認を進めていくという段階です。

───この中で出来ていることと、出来ていないことは何ですか?

小宮:シミュレーションの枠組みが出来ていて、予測データも出来ていて、計算を動かすというところまで出来ています。精度の担保はこれからです。

このホームページは実際に動かしているものです(交通デジタルツイン・人流フォアキャスト江ノ島エリア実証実験)*7。

交通デジタルツイン・人流フォアキャスト 江ノ島エリア実証実験
交通デジタルツイン・人流フォアキャスト 江ノ島エリア実証実験
拡大

毎日毎日、江ノ島の混雑予想のデータを東大の豊田先生から受け取っていて、それをまず地図の中でコンター図*8で出している状況です。それでコンター図の他に、1日の変動を載せています。どの時間帯に人が増えてきて、どれくらいの混雑度になるかというようなレベル感で表示しています。それで一週間先まで予測データを表示しているページを今動かしています。

何地点かは、このミクロのシミュレーション、動いているのはエージェントですね、実際にはまだテンプレートとして与えているシミュレーション結果で、どれくらいの混雑のイメージになるかというのを出しています。昨日までの情報を使って、今日予測した一週間先までの混雑予想です。東大の豊田先生とやっているところで、過去数年のtwitterのデータと、昨日までの人流データを使っていると理解しています。

混雑イメージ
混雑イメージ
拡大

我々がやっているのが、メッシュ人口データ*9を予測していただいているのですが、その予測データから、ある地点ではどれくらいの人の量になるか、人が動いていて、どれくらいの混雑感なのかを可視化しています。

───それぞれの動きはそのようなモデルを使って人の動きを立ち上げているということですね。混雑予想を貰って人流の動きに反映させていると。

小宮:ナウキャストとしているのは、本来は元々のあるシミュレーションデータがあって、それを当日の状況に合わせるものです。それで、今ここでやろうとしているのはあるユースケースとしてテンプレートのシミュレーションデータを作るのですが、そのテンプレートから予測された今日の情報を受け取って、テンプレートを何パターンか作っておいて、どのテンプレートに一番近いかというのを出そうとしています。テンプレートが参照しているのは、ある日の統計的な人口データです。何時から何時のタイミングで、ある地点からある地点へ、どれくらいの人が移動するかといった情報です。

それでシミュレーションのケースを作ります。空いているケース、混んでいるケース、非常に混んでいるケースなどを作ります。さらにそこでリアルタイムに計算することも目指しています。リアルタイムで今の状況というのをどっかで観測してきて、カメラや人流センサーがあって、今の状況が入れば今の人数がわかるので、その人数のべースケースで作ったテンプレートのデータを拡大、縮小するというような操作もあります。

そういったこともやろうとしているのですが、今出しているページの中では、リアルタイムの拡大縮小は計算負荷がすごく大きいので、あらかじめ何パターンか混んでいる状況、空いている状況のシミュレーションデータを作っておいて、さらにベースケースの細かい状況ですね。そこから予測されたメッシュの人口データから、あるメッシュへどれくらいの人が移動するかというものに置き換えて、その中で事前に計算しておいたシミュレーション結果と合致するものを映像として流しています。現在は予想を基にテンプレートに反映させていますが、将来的にリアルタイムでの計算結果を反映できるようにして行くのが課題です。

*7:片瀬橋
江の島へアクセスする場合に最寄り駅となる「片瀬江ノ島駅」から、江ノ島方面に繋がる橋。図中南側の太い橋が片瀬橋、北側の細い橋が弁天橋である。江ノ島への交通流の重要な拠点であるため、人流・交通シミュレーションの対象となった。

【参照】
交通デジタルツイン・人流フォアキャスト江ノ島エリア実証実験

*8:コンター図
等高線図、等値線図ともいう。図面上の等しい値の点を結び、値によって色分けやグレースケールで視覚的に示す。これにより様々な現象に関する値の分布を直感的に理解できる形で表示できる。

*9:メッシュ人口データ
東京大学生産技術研究所の豊田 正史教授の研究室では、株式会社ゼンリンデータコムが提供する、「混雑統計®」とX(旧Twitter) データを利用して、都市における多様な種別のイベント発生場所の数日先までの人口予測を行っている。豊田教授らのグループでは、未来の日付とイベント発生場所の名称の両方に言及しているマイクロブログ上の投稿の内容およびその場所の過去の人口情報を融合し、 クラスタリングに基づくオーバーサンプリングによって学習データの不均衡性を解消する手法を開発した。

【参照】イベント発生の不均衡性に適合した人口変動予測


3. NICT StarBEDがシミュレーション精度の向上に寄与。自治体との連携を通じて社会実装を試行していく。

───今後の展望について教えてください。

小宮:ナウキャストの精度の向上です。今の状況にしっかり合わせにいけるようなパラメータのチューニングですとか、データの作り方といったものがあります。また、将来予測をいれたフォアキャストをやるために、ナウキャストで調整したパラメータを使って動かすのですが、その時の計算結果の精度も大事になってくると思います。その先にあるのが、フォアキャストを使って、人々の行動をどのように良い方向に変えられるかです。情報提供のあり方も含めて検討しています。

情報提供先として市民の方々にピンポイントにお伝えするというやり方ももちろんあります。ですがそれよりも街を管理する方々、自治体さんですとかそういったところの方々にまずは見ていただく。伝え方として効率的というと違うかもしれませんが、一回は自治体さんの方に見ていただいて、ある施策がどういった効果を産むかといったところで使っていくのが最初かなと思います。実証実験として自治体さんとフィールドを使って評価するというところまでは考えていると思いますね。我々としては見せるっていうところよりは、作るところがメインですね。ですから、その先実際に社会の中でどういったいい効果を生めるかはその先の社会実装の方での課題になるかと思います。

───このシミュレーションにおけるテストベッドの役割を教えてください。

小宮:シミュレーションを行う計算資源として利用しています。いわゆる手元のパソコンでは1日で終わらないような計算を毎日毎日やっていこうとしていると。はっきり計算量として具体的な数字がすぐには出てこないのですが、いかに速くできるかというところは試していきたいと思っています。
交通シミュレーションというのは逐次計算なんですね。ある時刻の状況が決定して、初めて次の状況を計算できる仕組みなんです。
時刻の計算は1秒単位で行っています。並列化できるところがいくつかあると考えられるので、そういったところを組んでいって初めて現実的に使えるでしょう。道路の規模とそこを走る車の数や人の数が多くなればなるほど計算量も多くなっていくので、そこで例えば道路一本一本を単純に並列化して、計算させて、その1秒後にまた集計して、という処理にするのか、どういった分け方がいいのか、というところに今取り組んでいます。

───それでStarBEDに白羽の矢が立ったわけですね。StarBEDを使おうと思った動機と、どこに有用性を感じているか、教えてください。

小宮:弊社はもともと以前NICTさんの別のプロジェクトをやっておりました。当時はJOSE*10がありました。5分ごとに全国の車のプローブデータ*11というのを集めて可視化、日本全国の地図に落とし込む処理をやっていました。それがなかなかの計算負荷とデータ量で、当時それをクラウドに乗っけたりしたら莫大な費用がかかってしまう。それをNICTさんのテストベッドの中で無償で出来ました。今回のプロジェクトでも同じようなことになりそうだったので使わせていただいてます。なかなか大きいストレージですとか、バーチャルマシンを無償で貸していただけるところが研究を進めるうえで大変ありがたかったです。現在はJOSEに比べてマシンスペックは向上している*12ので、ずっと陳腐化せず使えております。

───StarBEDに対して、今後の期待や要望を教えてください。

小宮:引き続き使わせてもらえれば嬉しいです。突然無くなってしまうというようなことがなければうれしいですね。
一点申し上げられるとするならばセキュリティや接続手続きが全般に厳しくなっているように感じます。VPN必須であったりとか。確か以前はこちらのIPアドレスをファイアウォールで穴をあけてもらっていたのが、今はアカウント情報を書類でやりとりする、といったように、煩雑さが増しているのが気になります。
他には、こちらのプログラムが過負荷になってしまった時、普段の使い方から突然、こちらのプログラムの設定ミスなどがあって無限ループなどが発生してしまっている時に、アラートなど出してもらえるといいなと思います。ロードアベレージの異常上昇などを検知してアラートが来ると良いかもしれないですね。

───最後に、本プロジェクトにおけるBeyond5G環境へのアプローチについて教えて下さい。

小宮:Beyond5Gは従来の5Gに比べて超低遅延・大容量なので、クラウドで計算した今の街の状態をVRゴーグルをつけている人に配信できるといった使い方をイメージしています。その中で求められる性能として、例えば遅延については、人の反応は100msが瞬時の反応と言われています。その中でVRとして実装するときには100msで今の状況を再現するといったことが求められるのかなということがあります。

今の状況をシミュレーションで作った上で、今の状況と、そこから施策を打った場合の想定される未来が超低遅延に配信される。レンダリングは別として、今の状態を計算して配信するのに100msということです。配信するデータを如何に効率的な使えるところのみに限るかとか、シミュレーションの計算としては配信するときに、その空間的な効率化と時間的な効率化があると思うんですけども、あるエリアで計算した結果を、本当にそこにある場所に立っている人に必要なデータだけ抽出して送りつけることも考えていく必要もあると思います。投機的な配信、という言い方をしますが、ある人が例えば動いているならば、どこへ向かっているのか、その人が10分後に行くその先の状況を見たいとなった時に、10分後にその人がいるであろう場所に前もって計算しておいたデータを配信するといった形ですね。いかにその人にとって有用なデータを効率的に出せるかというところが鍵だと思います。超高速の通信が可能であれば、大容量のデータを遅延なく届けられるという意味で、超高速通信には期待しています。

───お時間をいただきありがとうございました。

*10:JOSE(Japan-wide Orchestrated Smart/Sensor Environment) 広域に配備された複数種のセンサーから得られる観測データを、高速ネットワークで結ばれた分散拠点上の分散計算機を用いてリアルタイムに処理・解析するサービスを実装し、フィールド実証することが可能なテストベッド。総合テストベッドの中でIoTサービスの実証環境を提供する役割を担っている。導入の容易性、高性能な分散環境、データ共有・オープン化の3つの特徴を持つ。2021年度で新規利用者の受付を終了した。

*11:プローブデータ 自動車などの実際に走行している車両をセンサーとして捉え、時刻、位置、速度などを収集することで得られた走行データのこと。

*12:JOSEに比べてマシンスペックは向上している JOSEとStarBEDの共通基盤設備を比較すると以下のようになる。StarBEDは5期にわたって更新が続けられており、以下に示すスペックは2023年度のものを反映している。

【CPU】
JOSE:
CPU Xeon E5-2450相当以上

StarBED:
Inter Xeon Gold 6330N 2.2G, 28C/56T, 11.2GT/s,42M cache, turbo, HT (165W) DDR4-2666 x 2

【メモリ】
JOSE:
HDD SAS 300GB(RAID1)

StarBED:
SSD 480GB SSD SATA Read Intensive 6Gbps 512 2.5inch HotPlug x 2 (RAID1)