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JGNインタビューvol.007

【JGNユーザ×NICTの利活用事例紹介】『南海トラフ大地震に備えた高知の「地域医療情報バックアップ」をNICTの高セキュアな量子暗号化でアシスト!

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  2.   有事の災害医療の現場だけでなく、救急医療、平時の治療の場でも活用したいシステム
     ― それぞれの状況で必要とするデータ項目が異なるので、相談しながら検討することが重要 ―

───医療現場の立場から見た本システムのメリット

【図2-1】睡眠見守りサービスのイメージ
高知医療センターの澤田氏

澤田:システムのご説明とデモ、ありがとうございます。当医療センターの北村さんと一緒に高知県医療情報通信技術連絡協議会*1(略称:高知県ICT連絡協議会)のメンバーになっていますが、この協議会は高知県内のDPC対象病院*2、救急医療や災害時の医療を担当する大きな病院を繋いでネットワークを作っています。そこで現在行っていることをまずお話しますと、間近に迫る南海トラフ大震災で電子カルテのサーバが全て喪失してしまうことを前提に、DPC対象病院の電子カルテをリアルタイムに県外にバックアップする仕組みを構築し、稼働させています。しかし、医療情報への攻撃が増加している今、この究極の個人情報である電子カルテのバックアップデータが、もしハッキングされるようなことがあれば、高知県民の医療情報がまるまる漏えいしてしまうということが想定されます。それを防ぐためには、今回のシステムのように、バックアップデータを分散化して保管し、いつでもそれを復元できるという環境を持つということは、高知県にとっても非常にメリットがあると思っています。また、高知県ICT連絡協議会で今まさに連携の対象を、DCP対象病院に加え、地域診療所・クリニック、さらに介護施設や在宅介護の現場にまで広げて、県内のサーバで電子カルテの中身を共有しようとしており、ここ数年内に実現するところまで来ています。将来的に医療情報には、ゲノム情報や遺伝子レベルの病名も入ってくるでしょうから、絶対に漏えいはあってはならないのです。電子カルテのネットワークが完全にクローズドなネットワークと言っても、USB等を使った内部からの漏えいなど人的なリスク課題もありますので、通常のアクセス権限では抜き出せないようなシステムにできたら、究極のセキュリティに近づくのではないかと思っています。

佐々木:わかりました。

打合せ風景
打合せ風景

───本システムの利用を想定している3つのステージ

澤田:では、究極のセキュリティで分散・保管した電子カルテを復元して、どういう場面で使おうと考えているかについてお話しますが、今我々が目指していることの1番目は災害医療での利用です。この研究開発の話が進んだ理由は、災害医療がまず前提にあり、すべての病院が一体化して一つの方向にベクトルが向いたことにあります。我々が想定しているのは南海トラフ大震災などの広域災害ですが、2011年の東日本大震災では三陸海岸沿いの医療機関の多くは倒壊し、電子カルテもサーバごと流されてしまいました。つまり南海トラフ大地震が発生して例え高知県民の電子カルテのサーバが水没したとしても、その医療情報を県外にバックアップしておけること。そして県外からの支援部隊が入ってきた状況でもすぐ、そのバックアップデータを活用して、現地入りするDMATチームが医療救護所で患者さんの状況に合わせて災害医療を行うことができることをまずは目指しています。しかし、バックアップデータと言っても、電子カルテの全データが必要なわけではありません。私が2011年に宮城県の南三陸町の被災地にある医療救護所に医療支援に入った時には、出てくるカルテは真っ白ですし、患者さんの記憶もあいまいで家族の記憶をたどりながら、ようやく必要最小限のお薬を処方するという状態でした。実際、家族からの情報も高血圧・糖尿病・心臓病などの病名でしたが、それだけではその人の病気の重症度は全く分かりません。しかし処方されている薬がわかれば病気のタイプや重篤度がある程度把握できるのです。本システムを災害時に活用するとすれば、先ほど見せていただいた薬剤情報だけで十分患者さんのプロファイリングができるので、全データを取り出す必要は全くありません。災害時には多くの方を素早く治療しなければならないので、全データを取り出すのにかかる時間が惜しいのです。薬剤情報を中心に、個人を特定できる情報として患者さんの氏名・住所・生年月日など項目があるだけでも十分なのです。3G/4Gぐらいのデータ通信速度でダウンロードできるぐらいの必要最小限の軽いデータを復元する仕組みがあると非常にありがたいです。

佐々木:なるほど、まずは災害医療の現場で最小限のデータが復元できることが大事なんですね。よくわかりました。

澤田:2番目としては、救急医療での利用も考えています。救急医療は緊急事態なわけですから、掛かりつけ病院の紹介状もなく、例えば今まで元気だった人がある日突然脳出血で倒れて意識がない状態で発見され高知医療センターに救急搬送されてくるのですが、この場合も災害医療の時と同様、全く患者さんの情報がない状態なのです。しかし、救急医はその人を助けるために情報が必要ですから、分散・保管された共有サーバからその人のデータだけを取ってこられると良いのですが、ただ災害時とは違い、薬剤情報だけでは救急の治療はできませんから、どの項目まで復元するかについてはこれから議論しなければならないテーマだと思っています。なんといっても時間が勝負ですから、多少データが少なくても良いです。反って多すぎるデータの場合は読んだり理解するのに時間がかかるので、困ります。動画であればせいぜい15秒ぐらいで判断できる情報に集約して欲しいですし、サマリーのような必要最低限の情報があれば是非欲しいですね。
そして3番目は、平時に紹介状を持たずに初診で来院された方を一般医や専門医が診療するときです。人間ドックなど健康診断の時のデータがコントロールとして頼りになるのですが、例えば肺がんの疑いならレントゲンやCTデータだけで血液検査は不要です。でも糖尿病の方の場合は、血液データや尿検査データが必要です。つまり患者さんに応じて必要となる医療情報が異なるわけです。私は秘密分散したデータを個別に復元するとき、1/3とか1/5の情報に絞れば復元時間が短くなるということならその方がよりベターであり、すぐに閲覧・確認できるシステムに育てていただくことが大切だと思います。その上で究極のセキュリティを担保すること。今回の研究開発でやっている究極のセキュリティは、すぐには実用化できないかもしれないけれど、将来的には医療情報管理の分野において必須の仕組みだと考えておりますので、これからも是非応援したいですし、これから生み出されてくる多くのプロダクトにもおおいに期待しております。

佐々木:ありがとうございます。有事の災害医療の現場、救急医療、平時の治療と、それぞれの状況で必要なデータが異なりますし、いずれの場合も速い方がよいと言っても復元にかかる許容時間が違うことを理解しました。

澤田:復元に時間がかかっても構わないのは、災害復興期に病院を立て直す時期のタイミングで新しいサーバに全データを戻すとき等ですね。北村さん、他に何か追加することはありますか?

───次のステップに向けて

高知医療センターの北村氏
高知医療センターの北村氏

北村:澤田先生が言われていた通り、各ステージでの復元方法を決めることが非常に難しい問題だと思います。災害時の避難所などで受付をして個別にその都度復元していたら遅いので、どういう条件で復元していくのかを決めることがポイントだと思います。また、バックアップを行っている今の電子カルテデータには亡くなられた患者さんの情報もすべて入っていますから、復元データの範囲もどのようにするのか、考えていく必要があります。

佐々木:条件を選んで検索する機能が大事ですね。

澤田:ただ緊急事態の災害時には、北村さんの言ったように患者さん一人一人によって復元の仕方を選んでいくのは非常に面倒くさい。一人一人の復元する項目や条件が違うのではなく、薬剤情報と基本情報だけを一括で復元しておいてそのデータの中から患者さんの名前や住所で検索をかけていくイメージです。高知県として現在共通サーバに保管しているデータは60万人~70万人なので、そのデータだけなら実はUSBに十分入る容量なのです。例えば高台にある高知工科大学をベース基地にして、「(1)高知県の共有サーバに薬剤情報と基本情報を一括復元→(2)コピーガードがかかったUSBに入れたデータを高知県の医療政策課から各DMATチームに渡す→(3)そのデータを使って治療に当たってもらったあと、帰りがけにベース基地でUSBを回収→(4)それをまたバックアップする」という簡単でアナログな運用も考えています。ただ共有サーバの中に常に完成されたデータがあるのはセキュリティ上問題があるので、平時のときは分散化して保管してバックアップをとっていた方が絶対に安全で、災害のときに必要な項目を選択して復元できればより使い勝手が良いと考えています。

佐々木:医療情報のデータ復元に、複数のモードを定義して、それを選んで復元をすれば良いということになりますか? 例えば災害復帰モードや救急モードみたいに・・・。

福本:部分復元もその考え方ですが、もう少しシンプルにしたいですね。

澤田:臨床医は、多少データが少なくてもある程度は我慢するんですよ。「その代わり、必要な医療情報が素早く手に入ります」というと納得して食いついてきます(笑)。たくさんのデータをもらっても、読んだり理解するのに時間がかかるようでは、臨床医の心には響きません。救急医療のため、ドクターヘリやドクターカーから動画を伝送する仕組みを作ったのですが、救急の世界は本当にいつもイライラしているので、1分間も動画を見ようという先生は誰もいません。短時間で多くの情報が欲しいので、いろいろな先生にヒアリングしたら15秒の動画情報で限界でした。つまり、本システムの場合も、臨床医が許容できる程度の短時間で、必要な医療情報がコンパクトに復元できるように仕組みを検討していただく必要があるわけです。

佐々木:スピード感もしっかり頭に入りました。我々もきちんとヒアリングして、本システムの開発の次ステップに役立てていきたいです。電子カルテのデータについて分からないことは北村さんにご相談して、前期中を目途に実際に触っていただけるものを準備して行く予定です。今日はありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。

高知の地域医療で活躍するドクターヘリとコントロールルーム
高知の救急医療で活躍するドクターヘリ(右)と
コントロールセンター(左)


         <2018.3/高知医療センターにおいて関係者打合せを取材>


【JGNおよび秘密分散等に関するお問合せはこちら】
  tb-info@ml.nict.go.jp


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澤田氏の要望を聞く佐々木氏
澤田氏の要望を聞く佐々木氏



*1:「高知県医療情報通信技術連絡協議会」
第6期高知県保健医療計画の「災害時における医療」分野の取組み。県内の13医療機関が集まり、2013年10月、南海トラフ地震等への備えとして、医療情報通信技術を活用した災害医療の充実や、地域医療連携の推進を図ることを目的に組織された。

*2:「DCP対象病院」
DCPとは、Diagnosis Procedure Combination/Per-Diem Payment Systemの略で、急性期入院医療の診断群分類に基づく1日あたりの包括評価制度のことを指す。従来、入院の医療費を計算は診療行為ごとに計算する「出来高払い」方式であったが、DPC方式では厚生労働省が定めた診断群分類点数表をもとに、疾患や症状に対して行う手術などの診療行為により医療費を計算する「定額払い」方式となる。急性期入院医療を担当するほとんどの基幹病院は「DPC対象病院」に移行している模様。



  • 国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)
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