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JGNインタビューvol.006

 <産学官54機関*1が参加した実証実験の紹介>
 札幌・大阪・東京・シンガポールの複数拠点を結んで
『超高精細8K非圧縮映像マルチパス・マルチキャスト映像分散配信』に成功!

― JGNと「JGNアジア100Gbps回線」を活用して、超長距離の多重配信実験 ―    

(左から順に)NICT 総合テストベッド研究開発推進センター/小林 和真(こばやし かずまさ)氏<br />
NICT 総合テストベッド研究開発推進センター/寺田 直美(てらだ なおみ)氏<br />
神奈川工科大学 情報学部 情報ネットワーク・コミュニケーション学科 教授/丸山 充(まるやま みつる)氏

 ■NICT 総合テストベッド研究開発推進センター/小林 和真(こばやし かずまさ)氏(左から順に)
 ■NICT 総合テストベッド研究開発推進センター/寺田 直美(てらだ なおみ)氏
 ■神奈川工科大学 情報学部 情報ネットワーク・コミュニケーション学科 教授/丸山 充(まるやま みつる)氏

第6回JGNインタビューは、2018年2月6日にグランフロント大阪の「The Lab.」で行われた『"さっぽろ雪まつり"非圧縮8K映像IP伝送、およびシンガポール国際映像伝送(非圧縮8K映像)の公開実験プレビュー(デモ)』の会場にお邪魔しました。
2014年2月の「世界初、8K非圧縮映像"さっぽろ雪まつり"の超高速伝送実験に成功」以来、NICTではJGNを使って毎年いろいろなアプローチで8K非圧縮映像伝送に取り組んできており、これまでとの違いを踏まえて今年の実証実験の内容とポイント、今後の展望について、デモを拝見しながらNICTの小林氏と神奈川工科大学の丸山氏にお話を伺いました。
また多くの参加者をまとめて本デモの運営を中心になって担当したNICTの寺田氏に裏話をお聞きするとともに、インターンシップの一環として参加した神奈川工科大学の学生メンバーにも参加した感想をお聞きしました。
 

|1| |2| |3. 「公開プレビュー」フォトライブラリ|

  1.   映像パケットを複製する『マルチパス配信』で回線断でも途切れない映像配信を実現
     ― 雪まつりとシンガポールから映像を別々にマルチキャストグループ化、各拠点で同じ映像を選択的受信可能 ―

───2014年以来、多様なアプローチで8K非圧縮映像のIP伝送の実証実験に取り組まれていますが、今回の内容を教えてください。去年も複数回線を利用した『マルチパス配信』だったと思うのですが・・・

「The Lab.」内の公開実験プレビュー会場のACTIVE Studio
「The Lab.」内の公開実験プレビュー
会場のACTIVE Studio

小林氏(以下、小林): 昨年の実証実験は1本の100Gbps回線では伝送することができない「100Gbps超の8K非圧縮映像の配信」を想定したものです。そのため、札幌で複数台の8Kカメラの映像を合わせてビットレートが109Gbpsになる広視野の8K映像データを撮影してリアルタイムに分割しながら、その映像ストリームそれぞれを複数の100Gbps回線に分けて伝送しました。そして、それらを大阪で遅延時間等の制御を行って同期・受信して、1つの109Gbps映像ストリームとして再構築するという『マルチパス配信』でした。しかも、送出元が札幌で受信先が大阪という、1:1のユニキャストだったわけです。

───今までの8K非圧縮映像IP伝送実験でのトラヒックを見ると約25Gbpsで100Gbps回線で十分送れていたと思いますが、それは8Kデュアルグリーン方式(8K-DG)*2の映像だからですか?

丸山氏(以下、丸山):はい、そうです。8Kにもいろいろな種類がありますが、ビットレートは「フルサイズ8K」になると48Gbpsぐらい、「フルスペック8K」ですと144Gbpsと言われています。この2つの違いは1秒間当たりに処理するフレーム数の差で、「フルサイズ8K」は60fpsで「フルスペック8K」は120fpsです。

───「フルスペック8K」のビットレートは144Gbpsもあるんですか? 確かに大き過ぎて100Gbps回線では伝送できませんね。これに対応できるように、昨年の実証実験を行ったんですね。

【図1-1】マルチパス配信のイメージ
【図1-1】マルチパス配信
のイメージ

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小林:はい、100Gbpsを超える映像データを送るために、分配して送信する『マルチパス配信』の実験を考えました。これに対して今年の実験は、従来の24Gbpsの8K-DG式非圧縮映像を複製の上、複数の100Gbps回線を使って送出するという『マルチパス配信』です。受信先での再生には1つの映像データしか必要ないので、到着する重複した映像データをリアルタイムで削除してから映像を再生しています。ですから、この冗長化により「途中で何らかの原因で物理的に回線が切断されても、映像が途切れることがなく再生できる」わけです(【図1-1】を参照)。"さっぽろ雪まつり"ライブ映像については日本海経由(Route A)と太平洋経由(Route B)、シンガポールからの映像は香港経由(Route C)と米国経由(Route D)と、それぞれ同じ映像データが2回線で送信されていますので、どちらの映像も片方の回線を切断しても映像は途切れることなく、きれいなままです(【図1-2】を参照)。

【図1-2】回線切断デモのイメージ
【図1-2】回線切断デモのイメージ
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───はい、本当にきれいなままで、切断したこともわかりません。

小林:また、この『マルチパス配信』の良い点として、どちらかの経路でパケットロスが発生していた場合でも、もう一方のロスがない経路の映像を選択することで補正できるので、きれいな映像が再生されることです。実際に試してみましょう。パケットロス装置でRoute C側に一時的にロスを入れてみても、映像はきれいなままですね。しかし、Route D側の回線を切った場合はどうでしょう。先ほど同様映像自体が途切れることはありませんが、Route C側の映像だけの再生になるのでパケットロスの部分でラインノイズが出てしまいます。今度は逆に、パケットロスが入っているRoute C側を切断してみましょう。見えている映像はRoute D側ですから、きれいなままなのが分かりますね(【図1-3】を参照)。

【図1-3】片側のルートに一時的なパケットロスを発生させた場合の映像と回線切断デモのイメージ
【図1-3】片側ルートに一時的なパケットロスを発生させた場合の映像と
回線切断デモのイメージ

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───なるほど、経路のどこかでパケットロスが発生しても安心ですね。また片側ルートを切断したとき、どちらのルートの映像を見ているのかもよくわかりました。

小林:【図1-4】の実験全体イメージのように、シンガポールからの『8Kマルチパス実験』は、シンガポール→香港→日本のRoute Cと、シンガポール→ロサンゼルス→シアトル→日本のRoute Dです。札幌からのライブ映像の『8Kマルチパス実験』は日本海周りのRoute Aと太平洋周りのRoute Bの映像ですが、こちらで試しても同じになることが分かりますね。

【図1-4】2018年実証実験デモの全体イメージ
【図1-4】2018年実証実験デモの全体イメージ
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IP受信・映像をバッファする「QG70」
IP受信・映像をバッファする「QG70
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───特にシンガポールからの伝送実験はかなり長距離になるので、2つの経路の時間的なずれが発生しませんか?

小林:時間的なずれは当然あります。シンガポール-日本間のRoute Cが約100msecでRoute Dが約300msecの遅延ですから、差引き200msecのずれになります。ただ受信装置「QG70」側バッファで300msecまでの遅延に耐えられるので、時間同期をして再生できるわけです。この距離での冗長化は、申請していればたぶんギネス記録だと思います。

───ギネス記録になるほどの長距離の冗長化実験なんですね。素晴らしいです。

丸山:こんな国際回線を持っているところが、他にはないからですよ。

小林:いや、回線があってもなかなかやろうとは思わないでしょうね(笑)。昨年11月にJGNアジア100Gbps回線が増設されたので、どうせならそれを有効に使って今までの米国回線と合わせて、何か実験しましょうということになったわけです。

───それにしても、8K非圧縮映像はこんなに大きなディスプレイで見ても、きれいですね。先ほどの「フルスペック8K」にしたら、もっときれいになるのでしょうか?

丸山:NHK技術研究所の方の話によると、「ボ-ルの動きなどはよく見える」ということですが、人間の見る限界は8Kの解像度でギリギリらしいです。また「見るときにはディスプレイの縦サイズの70%まで近づいていただくように設計している」そうです。まさに、かぶりつきの場所ですね~。

小林:画面の視野角の中に入るようにすると、自分がその画面の中にいるかのように立体的に感じます。そのためには、相当大きなディスプレイが必要ですが・・・。

丸山:そうすると、もっと画面に入り込んだ感じがする”没入感”が感じられるでしょうね。ただ映像を撮影するときにピントをどこに合わせればいいのか、とても難しくなってきます。この8K映像は非圧縮ですが、これを一般家庭に送信するときは80Mbpsに圧縮するので、この綺麗さではおそらく見られません。

小林:再現性の問題が、どうしても出てきますからね。

大画面の8Kライブ映像を見ながら精緻さを説明
大画面の8Kライブ映像を見ながら精緻さを説明
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───―60インチの4Kテレビで地上波放送を見ると、アップコンバートしているので普通のテレビと比べて画面は精緻できれいなのですが、人やボールの動きによってはモヤモヤとブロックノイズが出て、美しくない部分が出てきますが・・・。

インタビューに答える小林氏と丸山氏
インタビューに答える小林氏と丸山氏
(左から順)

丸山:地上波で8K放送が始まっても、エンコード・デコードするので、場合によっては同じようになると思いますね。

小林:僕は地上波で放送が始まるより先に、インターネット側で8K放送が普及すると思っています。地上波で8K放送を開始する頃には、放送局は相当打撃を受けていて、そんな投資ができる余力が残っていないのではないでしょうか?若い世代ほどテレビ視聴時間が減っていますし、話題のドラマもYoutubeや放送局がやっているインターネット配信などをPCやスマホで見るなど、テレビの前に座って視聴するという生活スタイルから変わってきていますからね。

───―2年前にお二人にインタビューさせていただいた際にも、小林先生は「8Kはインターネットだけで見られるという状態かも」と話されていました。放送以外の用途について、この2年間で変化はありますか?

丸山:いろいろありますが・・・、医療系の引き合いもあるので、研究を始めています。医師から「内視鏡手術用の映像は絶対に8Kがいい」「8Kじゃなきゃ見えない糸がある」と言われています。ちょっと怖い話ですが、「内視鏡手術やロボット手術で映像を見ながら縫合するとき、12-0号という直径9μmの縫合糸だとよく見えず、手探りで縫合している状態だったのが、8K映像にするとくっきり見える」そうですから、医療用の方が放送用より先に進むかもしれないと考えています。小林先生と同じように、私もテレビ放送が先に行くとは思えないんですよ。コンピュータのディスプレイの延長として8Kを使うのだったらわかるのですが、まだ8Kチューナーもありませんしね。

───―今年は先ほど伺った『マルチパス配信』に加え、『マルチキャスト配信』を組み合わせているとお聞きしています。これについても教えてください。

小林:今年の『マルチキャスト伝送』は複製した映像データを複数ルートで届けるので、途中でネットワーク障害や装置障害があっても耐えられるというものでしたね。『マルチキャスト配信』はその映像データを同時に複数拠点で受信できるということがポイントです。去年は送信元と受信先は1:1だとお話しましたように札幌と大阪の間だけの実験でしたが、今回は1:Nになっており、札幌からライブ配信やシンガポールからの映像データを、ここ大阪に加えて大手町・小金井のNICT、秋葉原、神奈川工科大学、札幌、シンガポールなどでも受信しているんです(【図1-5】を参照)。

丸山:それぞれの拠点では、放送と同じように必要なときにチャンネルを合わせるようにして受信しています。

小林:送信アドレスがチャンネルになっていて、そのIPアドレスに合わせると、映像データを受信できるんです。この会場でも、札幌とシンガポールの映像を切り替えていたのもIPアドレスを変更するだけですので、簡単にできたでしょう。それと、ネットワークのトラヒックがいっぱいにならないよう、必要ないところには映像データを送らないシステムになっています。

【図1-5】伝送映像ごとにマルチキャストグループを作成し、各拠点において切替えで選択的に受信可能
【図1-5】伝送映像ごとにマルチキャストグループを作成し、
各拠点において切替えで選択的に受信可能

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───この8K非圧縮映像のリアルタイム『マルチパス・マルチキャスト配信』の組み合わせは、どんな利用シーンを想定していらっしゃいますか?

小林:たとえば放送系でプロ野球キャンプやオリンピック競技の中継をするときですね。途中で問題が起きても、できるだけ途切れることなく生中継で届けたいですから。特に非圧縮で伝送しているので、相手との掛け合いができたり、映像データを編集してテロップや選手のプロフィールなどを重ねるなどの加工がしやすいんです。圧縮しているといったん解凍してから加工して、さらに再圧縮しないといけないので、どんどん遅延が増えてしまいますからね。

───生放送のスポーツ中継には、欠かせないですね! 2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでには実用化したい技術ですし、ぜひその技術力をアピールしたいです。

小林:やろうと思ったらできる技術をいくつか提案して、実際に放送なり通信なりを担当している会社で実現する方法のバリエーションが増えた方がいいですよね。2014年から8K非圧縮映像のIP伝送でいろいろなことをやってきましたが、実用化にはあと一歩という感じです。音がまだ足りません。

───音については、確か去年「音の臨場感」に成功されていたと思いますが・・・。

小林:はい、やっていましたが、ものすごく大がかりでした。これからは、どうやって簡単にするかという課題があります。実は映像を撮るより、音を取る方が難しいのです。雑音というか余分な音が入ってしまい、本当に欲しい音だけにならない。去年はこのグランフロント大阪の9階会場に8Kモニタとスピーカーを配置した立体音響再生の場を用意して、雪まつり会場のマイク10本で収録した音を映像と合わせて復元しましたが、まさに雪まつり会場のプレハブブースにいる感覚でした。その臨場感のあまり、スマホのカシャカシャする音や子供の泣き声も、どのあたりなのかわかるんですよ。あれは環境としては楽しくて面白いと思いますが、実際の利用シーンに合わせていくには、もう少し時間がかかります。

───―今回の実証実験には多くの機関が参加・協力されているとお聞きしましたが、どれぐらいの会社や団体になりますか?

本実証実験の参加・協力組織リスト<2018.2.1現在>
本実証実験の参加・協力組織リスト
<2018.2.1現在>

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小林:2月1日現在で、協力団体は48機関(最終的には53機関、NICTも含めると54機関*1)。このうちに「サイバー関西プロジェクト」という団体がありますが、その中からも10機関ぐらい参加してくれているので、約60機関が集結してこの実証実験を行っていることになりますね。雪まつりやプロ野球キャンプの映像を使ったIP伝送実験では全国7つの放送局が参加して最大72機関を数えたこともあります。その後いったん減りましたが、丸山先生をはじめ8Kに興味を持つ方達と2014年に8K非圧縮映像の実証実験を始めてから、協力機関は30、37、46、48とずっと増え続けてきています。機器の提供や撮影、拠点内の光ファイバー敷設など、この実証実験に関係している人数は、全拠点を合わせて100名を超えています。それぞれが得意な分野で知恵と人と機材と費用を出し合って、1つのチームとして協力し合って取り組むからこそ実証実験が成立するし、各機関もここで技術的な課題のフィードバックを得たりアイデアを共有できるわけなんです。まだ公開プレビューの最中ですが、「来年は少し違ったアプローチにしていこうか」など、協力機関と次年度の相談の話も出始めています。

丸山:今回、私の大学の学生も参加させていただいたんです。公開プレビューも含めた実証実験の現場で企業の方達と一緒に何日も作業させていただき、学生達にとっては活きた人材教育の場にもなったなぁと感じています。
<神奈川工科大学のコメントはこちら>

マルチパスによる8K非圧縮映像の多重化ライブ配信の機器
マルチパスによる8K非圧縮映像の多重化ライブ配信の機器
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───―公開プレビュー前のお忙しい中、お話を伺わせていただき、ありがとうございました。

|1| |2| |3. 「公開プレビュー」フォトライブラリ|



グランフロント大阪の外観

「The Lab.」の入口
グランフロント大阪の外観と
「The Lab.」の入口


*1:本実証実験の参加機関
主催のNICTに加え、実証実験参加・協力組織は53機関に上り、産学官54機関により実施されました。このうちサイバー関西プロジェクト(CKP)として1つにまとめられた複数の機関を数えると、さらに本当に多くの機関によって本プロジェクトが実施されていることがわかります。
詳しくはNICTのプレスリリースに公表されている「実証実験参加機関」をご覧ください。
<実証実験参加機関はこちら>


*2:8Kデュアルグリーン方式(8K-DG)
8Kの場合は、RGBフルレンジでは余りにも膨大なビットレートになるので、デュアルグリーン方式と呼ばれる、色信号をRGBフルレンジに比べて3分の1に削減するとともに(G)の画素数を青(B)や赤(R)の画素数の2倍とする方式を採用して、本来の8Kの解像度を余り損なわないで全体のデータ量の3分の1縮減を実現させている。この方式を使用すると24Gbps<フレーム周波数60P>(映像信号のみでは約20Gbps)が実現され、現在使用されている8Kの主流になっている。

  • 国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)
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