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───今回の実証実験で、NICT側で準備段階から運営を取り仕切っておられる寺田さんが公開プレビュー会場に降りていらしたので、お話を伺います。
インタビューに答える寺田氏
寺田氏(以下、寺田):いえいえ、取り仕切るなんて、とんでもないことです。本実験では企業や大学からのNICT協力研究員や、InteropでのNOCメンバなどネットワーク運用のスペシャリストが集結して実現しています。今回は8K映像のメインストリームが国内だけでなくシンガポールからのものもあるので、日本側にいて海外とのやり取りが大変でした。例えば、シンガポールの8K映像は日本から協力機関の撮影クルーが現地に飛んで「植物園」「マリーナベイ・サンズ」「シビック・ディストリクト*2」の3か所で撮影していますが、撮影許可の交渉はシンガポール側のSingAREN*3がやってくれたので、常にそのための連絡をいろいろ取り合いました。
「シビック・ディストリクト」にある旧最高裁判所を撮影した8K映像
(現在、シティホールと合わせてナショナル・ギャラリー・シンガポールにリニューアル)
───撮影許可を取るのも手間がかかりますし、SingARENがカウンターパートで担当してくれるといっても、日本側での調整も大変でしたでしょう?
寺田:はい、いろいろ・・・(笑)。撮影場所によっては費用が発生するケースがあったり、日時や機材持ち込み上の制約があり、やることが盛りだくさんでした。さらに、今までの国際回線を使った実験は日本からの4K圧縮映像を海外で送受信するというものだったのですが、今回はシンガポールでの8K非圧縮映像の前撮りと送出、雪まつり4K非圧縮映像の受信も実施したので、まったくボリュームが違っていました。
───今回の実証実験は『マルチパス配信』ですから、8K非圧縮映像を日本に送るルートも2つありますね。
寺田:そうです。シンガポール→香港→日本という「Route C」と、シンガポール→ロサンゼルス→シアトル→日本という「Route D」の2ルートで、太平洋をぐるっと回っていますね。「Route C」は昨年11月に開通したJGNアジア100Gbps回線を使っていますが、この回線はシンガポールから先は伸びていないので、米国西海岸経由の「Route D」は 国際協力を得ながらシンガポールのSingARENに加えて米国のInternet2・TransPAC・PacificWaveの回線を使わせていただいています。
【図2-1】2018年実証実験デモの全体イメージ
<1ページ目の【図1-4】再掲>
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───このコラボレーションは、素晴らしいです!
寺田:そうなんです、実はこのコラボについてNICTの12/11付けのお知らせで発表しています。JGNアジア100Gbps回線のオープンによってアジア・太平洋地域における100Gbps回線のリング「Asia Pacific Ring(APR)」が完成したので、このリングを利用した研究協力のため、日本・シンガポール・米国にまたがる「7者間覚書*4」を交わして連携を強めていこうとしています。今回の実証実験で、このAPRを使わせていただけたのは、本当に良かったです。
Asia Pacific Ring(APR)
<出典:NICTの2017.12.11のお知らせ>
───先ほど小林先生も「JGNアジア100Gbps回線が開通したから使おうと考えた」とおっしゃっていましたが、この覚書がシンガポールからの8K非圧縮映像伝送実験のきっかけになったわけですね
寺田:確かにこういう協力関係は大事ですね。とはいえ、覚書の締結だけでは国際協力回線のネットワーク設定は進みませんので、現場の各ネットワークの方々と一緒に細かく打合せしながらやりましたし、日本側は、JGNの国際NOCのオペレーションチームが物理的なVLAN等の調整を細かくやってくれました。
───現場での細かい確認や打合せには、Web会議を活用したのですか?
寺田:国際会議や学術ネットワークの会合などで直接顔を合わせたときに、「こういうのをやるけど、この時期でやっていい?」という感じでお話をして、その後の細かい調整はメールやチャットなどいろいろな方法を使いながら、密に連絡を取ってきました。トラブルの時は、直接チャットで伝えています。
───今日も、いろいろお忙しそうでしたが、今お話を伺っている間にも皆さんと一緒に会場で対処されていました。
寺田:今回は本当にハードルが高くて・・・。シンガポールからの8K映像送出がうまくいって、良かったです。いろいろな国や機関をまたいでネットワークをつなぐことは難しいですね。またマルチパス・マルチキャストなどの説明が複雑なので、会場に降りてくる前は別のフロアで今回の公開プレビュー用に回線切断デモを図で説明するスライドを準備したり、機器の名前や役割を示す表示を作り、来場いただいた方により分かりやすい展示を目指しました。
【図2-2】マルチパス配信の説明用に寺田氏が作成したスライドの1つ
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───機器のところについていたピンク色の説明吹き出しは、それぞれの役割がすぐにわかって良かったです。
名称や役割を示す表示をつけた機器
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重複するデータを削除するネットワークパケットブローカー「Vision One」
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寺田:この表示をつけておかないと何をしている機械なのか、来場者にはわかりにくいですよね。特に今回の『マルチパス配信』で一番重要な役割を担っている機器が、黄色のケーブルに埋もれてしまっているでしょう。ここをアピールしたくて「重複データを削除」という吹き出しをつけています。これが「ネットワークパケットブローカー」。最初に到着する映像パケットをそのまま通しますが、2個目に同じ映像パケットが来たら「おまえは同じパケットだ」ということで削除するんです。特に今回は25Gbpsという広帯域で、8K映像のパケットが次から次へと大量に来るのをリアルタイムに判断して、見ては捨ててくれるんです。要は単にモニタするだけじゃなく、パケットの取捨選択の処理もするわけです。こういった仕組みを取り入れることで、途切れない8K映像の再生を実現しています。また、それぞれのルートからの回線を伸長したのがこのケーブルなのですが、片側ルートのコネクタを抜いても、もう一方のルートから映像パケットは来ているので、抜く前と同様に8K映像がきれいに再生されるわけです。
マルチパス配信の回線切断デモを行うテーブルの説明表示と切断用コネクタ
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───本実証実験および公開プレビューの準備・運営について、大変さの一端が感じられました。そして機器の説明も具体的でわかりやしく、面白かったです。ありがとうございました。
■人材教育としての役割も果たす実証実験の場
本実証実験は多くの企業・機関の皆さんの協力のもと実施されていますが、そのプロフェッショナルな方達とコラボレーションしながら神奈川工科大学生の3人も活躍されていましたので、指導の丸山先生とともにお話をお聞きしました。
神奈川工科大学の青木君・島仲君・池田君(左から順)と
指導に当たる丸山教授(右端)<公開実験プレビュー会場入り口にて>
───最先端の実証実験の公開プレビュー会場で、それぞれの担当されたことと感想を一言ずつお願いします。
青木:8K映像データを受信・バッファする装置「QG70」の制御プログラムを担当しました。会場の右手奥にある黒い機器(写真の左奥)です。札幌とシンガポールからの送信データを4台の「QG70」で受信しているため、それぞれ設定をする必要がありますが、1台ずつ設定するには時間がかかり過ぎるので、1回ボタンを押すと全設定が変わる受信制御プログラムを作りました。
池田:僕も4年生です。今回の映像配信拠点の1つに、NII(情報・システム研究機構 国立情報研究所)が提供しているクラウド基盤がありますが、そこから仮想マシンを用いた8K映像伝送をするため、ネットワーク機器の機能をソフトウェアとしてNIIのサーバに組み込むNFVを担当しました。公開プレビューの場で多くの方に見ていただくなど、学生の身分ではなかなか経験できないことをさせていただき、本当に感謝しています。
丸山:NFVとは「Network Function Virtualization」の略で、ネットワーク機能の仮想化を実現する技術のことです。彼の卒業研究はNIIとの共同研究なんですが、こういう機会を学生に与えていただけるのはありがたく、有益なインターンシップ的な場になっていると考えています。通常のインターンシップは1日で終わりですが、彼らはこの現場で企業の方たちとコラボしながら担当の仕事をこなし、現場での対応も学べるので、人材教育的にも役立っていると考えています。
島仲:3年生で、初めての参加です。担当は会場の右手奥に見える機器のうち一番右側にあるエッジルータ「MX240」のConfigの一部設定を手伝わせていただくことでしたが、思い切って参加して良かったです。というのも、普段触ることがない「MX240」でJunos OS (JUNiper Operating System) の設定方法を覚えられたからです。いい経験になりました。
丸山:「MX240」は高いので大学にはありませんから、いい機会になりましたね。
───皆さん、ありがとうございました。頑張ってください。
<2018.2/グランフロント大阪「The Labo.」においてインタビュー>
【JGNおよびJGNアジア100Gbps回線に関するお問合せはこちら】
tb-info@ml.nict.go.jp
*1:Asia Pacific Ring
2017年11月に「JGNアジア100Gbps回線」が運用を開始したことによって、国内外7つの学術ネットワークをつないで環太平洋を囲む100Gbps回線が完成した。この環太平洋のリングを「Asia Pacific Ring(APR)」と呼んでいる。
<詳しくはNICTのお知らせへ>
*2:シビック・ディストリクト
シンガポール建国の父スタンフォード・ラッフルズ卿により、1822年の総合計画の一部として定められたシビック・ディストリクトは近代シンガポール発祥の地。旧国会議事・最高裁判所・シティホールなどの歴史的建造物が多くあるが、修復されて新しく生まれ変わっている建物も多い。
*3:SingAREN
シンガポール先端研究教育ネットワーク
*4:「7者間覚書」
【国内/3者】
・NICT
・国立情報学研究所
(NII/SINET)
・WIDEプロジェクト
【海外/4者】
●シンガポール:
・SingAREN
●米国
・Internet2
・TransPAC
・PacificWave