───まず、日本の地震研究を支えている『全国地震データ交換・流通システム』開発の歴史をお聞かせください。
東京大学の鷹野教授
鷹野氏(以下、鷹野):JGNを使う以前は全国の大学が衛星テレメータを使って10年ほど地震データの交換をしていましたが、費用等の面もあって悩んでいたときに東北大学の先生からJGNを紹介いただいたのが本システム開発のきっかけです。また、すぐJGNに接続できる大学が、北海道大学・東北大学・京都大学・名古屋大学・九州大学と多かったことも我々の地震データ交換ネットワークの研究向きだと考え、まずこれらの大学に声をかけさせていただきました。
───それは、いつ頃のことでしょうか?
鷹野:最初はうまくいくかどうかわからないので、プロトタイプとして試験運用を開始してみましたが、それが2005年9月、JGN2のときですね。そこで、地震データ交換のシステムが上手くいきそうだと分かったので、SINET*1にもお願いして弘前大学などいくつかの大学もこのシステムにつながるようにし、JGNとSINETを使った同時運用を開始しました(【図1-1】を参照)。我々、地震研究者だけではなかなか費用を賄うのは難しいのですが、JGNとSINETを両方使わせていただくことによって冗長化され、回線のメンテナンス等があっても地震データの配信そのものが止まる心配も少なくなりました。
【図1-1】2005年9月(JGN2)~2016年3月(JGN-X)まで運用していた広域L2網による地震データ交換・流通ネットワーク
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───鷹野先生達の地震研究グループは、JGN2・JGN2plus・JGN-X、そして現在に至るまで、本システムを使った研究にJGNをずっと利用いただき、感謝しております。
鷹野:いえいえ、私たちこそ続けて使わせていただいていることで全国の大学間で地震データの交換・流通がうまく実現でき、おかげさまで衛星テレメータから移行することができました。今のシステムも費用は掛かっていないわけではありませんが、衛星と比べれば費用もセーブできたのではないかと思います。
九州大学の松島准教授
松島氏(以下、松島):それに衛星の場合はどうしても天候に左右されがちで、場合によってはデータ受信ができないこともあり、不安定でした。ですから、JGNとSINETになってから安定したデータ通信ができるようになったことが、大きなメリットだと思います。
鷹野:また衛星テレメータと比べて帯域が太いので、もっと多くの可能性があると考えました。
───安定した地震データの交換・流通ができるとのことですが、どのようなものを配信しているのでしょうか?
鷹野:【図1-1】にあるような観測点が全国各地に1200点以上あり、地震だけでなく火山なども含めた地面の揺れの観測データを24時間365日ずっと測定し、このシステムに乗せて全国の研究者が使えるようにしています。1つ観測点を増やすと、そのデータを全員が使えるというシステムになっています。
───9つの大学が参加していますが、それぞれ担当の観測点があるわけですよね。
鷹野:担当というか、ある程度地域の棲み分けはあります。
加納氏(以下、加納):運用やメンテナンスのために遠くへ出かけるのはやはり大変ですから、自分の大学が拠点としているところの近くを担当しています。
【図1-2】各大学が収集整理した地域別地震観測データを公開する「全国地震データ等利用系システム」
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鷹野:各大学でそれぞれの地域の観測網を持っていますし、プラスして特別な研究で他の場所に観測網を持っている場合もあります。
松島:このシステムができる以前は、隣同士の大学間で双方のデータを交換したい時は高額の専用線を引いて行っていました。例えば、北海道で起こった十勝沖地震にしても、東北の領域までの地震データがないと解析できませんから、隣同士の北大と東北大で個別に専用線を使っていました。
加納:それは、1995年の阪神淡路大震災以前のことですね。
───なるほど、このシステム以前はダイレクトで専用線を引かないと地震データの交換ができなかったわけですね。でも隣同士ではない大学の場合はどうされていたのですか?
松島:それはできなかったですね。データが必要な場合は、磁気テープや光ディスクにコピーしてもらってきていました。
鷹野:そうなんです、必要な場合はそこの大学に行かなければ無理でした。
松島:その移動をしなくて済むように少なくとも隣の大学同士では専用線をつないでいましたが、JGNでこのシステムを作ってからは全国で観測データの交換ができるようになったんです。全データがこのシステムにリアルタイムで流れていますから、北海道のデータを見たいと思ったら受信設定をすれば、九州でも見られるわけです。これは非常に大きい進展でしたね。衛星テレメータのときもやろうとしていたのですが、帯域が細かったですし・・・。やはり、JGNは安定しているし帯域も太いので、地震のデータ流通にピッタリでした。
加納:衛星テレメータを利用していた時は、観測点もそんなに多くなかったですよね。1995年の阪神淡路大震災以降に観測点が一気に増え、全国的になりましたが、そのデータを交換できました。
内田氏(以下、内田):それに加えて、地震は自然現象ですから、地理的に区切って起こるわけではなく、全体を一括して解析しないといけないので広い地域の多くの観測点からのデータを使えることは重要です。
地震研究所1号館の中2階・展示フロアで行われたインタビューの様子
───このシステム以降、特定地域だけでなく、他の地域にどう影響するかを解析するのも楽にできるようになったわけですね。JGNとしても皆様の研究に貢献できるのはうれしいことです。
松島:さきほど、各地で大学ごとに棲み分けしている話をしましたが、例えば2016年に熊本地震が起きたとき九州大学の教員は4名だけだったので、全国の大学の研究者に応援を頼むわけです。北海道や東北からも来てくれ、その人達がすべて自分の設置した機器のデータをこのシステムにアップしてくれたので、すぐ全国でデータがシェアできるようになりました(【図1-3】を参照)。
鷹野:そうなんです、非常にうまく機能しました。
松島:我々九州大学としても、たくさんの大学が測定した熊本地震データが集まってきますので、メリットが高いです。また、北海道で熊本地震の研究をしたい人がいたらその人もデータを受信して解析もできるので、オールジャパンで地震の研究や解析ができるようになったことが、「全国地震データ交換・流通システム」の一番のポイントだと思います。
【図1-3】2016年4月の熊本地震の時の臨時合同観測
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───JGN2でプロトタイプを作り、JGN2plus~JGN-XでSINETも含めて本格運用をされてこられましたが、今のJGNでは新しく目指すことがあるとお聞きしています。
鷹野:JGN-Xまでのシステムでは、観測データはリアルタイムで流通していますが、システムとしてどこにも蓄積していないんです。
加納:ええ、今は各大学が自分のところで必要な分を保管をしているだけです。
【図1-4】観測網の盲点(2016年)
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鷹野:実は3.11東日本大震災の時に、一番重要な東北大学の観測データを利用できない状況になったのです。【図1-4】のような仕組みなので、どこかの回線で集中が発生したり大学センターが災害などで通信できなくなったりしてしまうと、そのセンター経由でアップしていた観測データがスポッと全部消えてしまうわけです。この盲点を改善するため、各大学が観測データを集めてデータ交換網にアップするのではなく、【図1-5】のように陸上通信網のクラウド化といいますかクラウド型中継装置を作り、稼働中の観測点のデータを直接データ交換網「JDXnet」にアップするシステムにすることを目指しています。この方法なら、どこかの大学が被災した場合でも、他の大学はいつでもその地域の観測データが利用可能ですから、安心してオールジャパンでデータを活用できるはずです。
【図1-5】観測網の改善検討/地上通信網のクラウド化
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───なるほど、クラウド化によって観測データの蓄積が始まりつつあるわけですね。ところで、「JDXnet」というネーミングはどういう意味ですか?
鷹野:JGNと SINETの両方を使って構築されているデータ交換という意味も込めていますが、オールジャパンのデータ交換を意味する「Japan Data eXchange network」の略です。このようにクラウドに観測データを蓄積することによって、災害時だけでなく、停電や回線のメンテナンスの時も安心です。災害のことを想定すれば複数個所のクラウドにバックアップを取っておくといいのですが、まずは自分の大学以外の場所としてクラウドに保管することが重要だと考えました。
松島:2011年3月11日に発生した東日本大震災のとき、東北大学は完全に機能停止したので、すべての観測データを送ることも受け取ることもできなかったんです。そういう大災害のときでも直接観測点からデータを送ることができるようになったので、被災地以外ではリアルタイムでデータを解析できますし、またデータの蓄積もしていますから、被災地の大学でも機能が復帰したら、後で過去のデータにもアクセスできるわけです。
───クラウド化した「JDXnet」なら各観測点からデータをダイレクトにアップできるし、蓄積したデータにいつでもアクセス可能なわけですね。まさにこれが高度化のポイントですね。
鷹野:はい、そのためにJGNの仮想サーバをお借りして、常時データを収集しています。
松島:以前のシステムでは、観測データはリアルタイムで流れているので、受信して保管しておかないと「あっ、昨日のデータが欲しい」と思ってもその時では取れないわけです。
加納:いわば、流しそうめんのイメージでしょうか。
───この高度化のきっかけは、東日本大震災で東北大学のデータが取れなかった経験とのことですが、どのぐらい止まっていたのですか?
内田:東北大学の機能が停止した一番の原因は電力で、停電が復旧したのが3日目ぐらいです。全体でみると1週間以上かかって、だんだん回復していった感じでした。
───では、2016年4月の熊本地震の時は、いかがでしたか?
松島:先ほどもお話したように、たくさんの大学が合同で観測したデータはどんどんアップされてリアルタイムで配信されましたが、データを後で取りに行く部分は、まだできていませんでした。
鷹野:現在はJGNクラウドに観測データを蓄積していますが、これはJGNになった2016年7月以降ですから、熊本地震の時はまだ蓄積がスタートする前でしたね?
NICT:そうです。当センターではJGN-X時代からクラウドを実装し始めましたが、まずはJGN-Xオペレーションチームが運用していました。鷹野先生にクラウドのお話をさせていただいたのは、運用が軌道に乗ったJGN-Xの終わり頃でした。そして、NICT側でも協力させていただき、JDXnetと大手町にあるJGNクラウドをつないで観測データの蓄積が始まったのは、1年半ほど前です。
鷹野:これからは、蓄積したデータを研究に活用しやすくするため、各大学から観測データをスムーズに取りにいけるよう、インタフェースをクラウド上に試験的に作ろうとしています。
───インタフェースによって使い勝手が変わりますから、どういうものにすべきかしっかり検討することは研究者の皆さんにとって大事なポイントですね。
松島:はい。その通りですね。
鷹野:できれば、こちらについても是非NICTの方々と一緒に協力して開発していきたいです。
松島:今後、また大きな地震があったときにこそ、そのインタフェースが役に立つだろうと我々は大変期待しておりますので、よろしくお願いします。
NICT:大きな地震への対応として、JGNクラウドも今、大手町・大阪・名古屋の3か所にあるので、観測データをミラーリングして分散蓄積することも考えられるかもしれませんね。もちろん、これからのことになりますが・・・。
松島:そうなると、災害によって1つのクラウドがだめになったとしても安心ですね。
鷹野:それもやってみたいですが、ただ我々の目的は地震や火山の研究ですから、そのインフラとしてインタフェースやミラーリングなどを意識しなくても観測データを自由に活用できることが大事です。そういう意味で、NICTさんなどIoT関係の方たちと一緒にやっていきたいなぁと私は思っています。
松島:私たち地震や火山の研究者としては、こんなことをやりたいということの要望を発して、IoT関係のみなさんと力を合わせながら実現していきたいです。
鷹野:今は連携の時代ですから、地震研究者とIoT研究者が互いに協力して進めることにより、Win-Winの関係になれるのではないかと考えています。IoT研究者は日本の地震研究という実フィールドで実証実験を行って成果として発表できますし、地震研究者もその成果を使って効率よく研究を進められるので、互いに貢献し合えるのではないでしょうか?
───なるほど、地震研究とIoT研究の連携は互いにメリットがあるということですね。
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