【当センター・R&Dアドバイザーに訊く】『ネットワークと社会の未来像』
|1| |2|
───当センターでは新世代ネットワークについての研究をしていますが、ビジネスマインドを持ってこれを進展させていくと、ネットワークと社会の未来はどのようになっていくとお考えですか?
篠田:ネットワークの未来ですか・・・。近い将来、文章を書くなどの一部の人を除き、コンピュータ(PC)を使う人はいなくなると思います。一般人がPCを使うのは、調べものやメールなどカジュアルな用途ですが、それらは今でさえ、スマホでできてしまう。つまり未来はPCの顔をしたPCは少なくなり、クラウドのようにネットワーク側にそのPC機能が入ってくるはずです。
クラウドというと漠然として遠くにある感じがするかもしれませんが、自分のすぐ近くの空間で実世界(リアル)とサイバー世界が表裏一体となっている感じですね。いつもつながっているというより、必要なときに適宜オンラインになって、リアルとサイバーがインタラクションするサイバーフィジカル(Cyber Physical)な世界。センサーデバイス、家電製品、医療・介護用端末、工業用デバイスなどが情報のやり取りをするだけでなく、『どこでもドア』風のユビキタス系というか、情報が自動でフィードバックされ、効率的な生活や社会が実現するでしょう。自宅内の情報が意識しなくても届き、外出先から自由にエアコンやお風呂をつけたりできるというのも、その先駆けですね。
───家庭内にPCがないのはスッキリしていいですね。また意識せずに情報がフィードバックされるのも、「難しいのはイヤ」という人にも楽です。
篠田:そうですね。そしてこの世界が進むと、家電製品のAV機器は不要になるなど、ビジネスとして考えるとモノづくりが劇的に変化すると考えています。今、ビデオレコーダには24時間録画とか5週間連続録画という機能がありますが、使いにくい。実際は見たいものだけ見られればいいのに、探すのも大変です。しかし見たいものだけ見るのだったら、近い将来、ネットワーク上で全て録画するサービスができてしまえば、オンデマンドで見ればよくなります。つまり、箱モノの機器を作るというビジネスはネットワークに吸収されてしまうということになると思います。
───なるほど。このように、ネットワーク社会が生活の一部になるまでに、どれぐらいかかると思われますか?
篠田:あと5年という感じじゃないですか。そうなると、AV機器のビジネスは壊滅的でしょうね。大型ディスプレイの液晶パネルルは海外生産が中心となるし、高機能ビデオレコーダも不要になるかもしれない。今は、何を売るのかということを考えなくてはならない、転換期だと思います。箱モノをつくるノウハウがさらに簡単になるので、単純なモノづくりは人件費が安く工場用地も安く入手できる海外に持って行かれてしまう。では、日本の電気メーカーはどうしたらよいか。ここが重要です。
僕は、単品で完結しない、ソリューションと箱モノを抱き合わせにした「ネットワークセントリック」な商品群しかないと考えています。そのためには、単品ごとのセクションにこだわることなく、会社としてあるいは事業部としてそれらをつなぐビジョンをしっかり持つこと。そして、実世界とサイバー世界が表裏一体となった世界で、ユーザが生活体験の向上をイメージできる世界観をつくり、提供することができることが大事です。
───確かに、私たち一般人には「ネットワークセントリックな社会」がイメージしづらい。その点、スマホのCMの中には、簡単かつわかりやすくネットワークにつながることによる世界観を見せてくれるものがありますね。
篠田:あの世界観が面白いのは、ボタンが1個しかないスマホだけでは大したことができない製品であること。だからこそ、「ネットワークにつながると、簡単に、日常生活がこんなに楽しくなるよ」という世界観が分かりやすいのだと思います。これに対して、日本メーカーのオーディオ機器やカメラもいろいろなことができるけれど、ボタンがたくさんあり、それぞれ操作を覚える必要がある。このあたりの世界観から変えていく必要がありそうですね。そのためにも、企業にはビジョンと意識を強く持って技術開発・製品開発をしていただきたいな。
5年前の携帯電話から比べて、今のスマホは随分いろいろなことが簡単にできるようになったでしょう。先日、試しにPCなしで1日スマホだけで過ごしてみたら、入力などの関係でスピードは半分ぐらいに落ちるけれど、スマホだけで過ごしていることに誰も気づかないし、招待講演でもPCに触らずスマホだけでプレゼンしたりしてね。こんな感じでネットワークを通じてリアルとサイバーの距離が縮まりつつありますが、これからネットワークセントリックな社会がどんどん進み、5年後にはほぼ表裏一体な感じになってしまいますよ。10年後にはさらに進み、サイバー世界がリアルにしみだす感じ。その先には、バーチャルリアリティが来るでしょうね。
───先生のおっしゃる、未来のバーチャルリアリティとは?
篠田:脳通信。思ったらば直接、意識や情報を投射できるとかですね。10年後だと、もっと小さくウェアラブルな眼鏡のようなデバイスになっていく感じでしょうが、さらに数年先には網膜に直接投射することができるようになるかもしれない。ディスプレイがなくなるから、必要なときに、視野一面に情報が出せて、一般の方にもより便利ですね
───5年・10年後には、障害を持っている人にも住みやすい、便利な社会になりますか?
篠田:物理的なサポートはもちろん必要ですが、情報を得るとか伝えるとか、かなりのエクスペリエンスが向上すると思います。10年後ぐらいにね。
PCがほとんどなくなるのに5年。家庭なら必要な時に、クラウド上のPCが自宅のTVから出てくるぐらいの感じでいいかな。
今の生活と同じだけれど、ちょっと面倒・困ったなということをサポートしてくれる社会。ここ2~3年でスマホが進歩して、ささやくといろいろなことができるようになってきたように、「振り返ると、結構進歩しているなぁ」というイメージですね。
───この便利になる過程で、商品の開発及びユーザの安全確保のためにも、テストベッドの役割はより増してくると思うのですが・・・
篠田:はい、テストベッドは旬であり、さらに重要度が増していくと思います。PCでさえ、変な動きがあったときに「仕様ですから、仕方ありません」と言われると腹が立ちますが、リアルとサイバーが表裏一体の世界になり、身近でパーソナルな情報を扱うようになると、変なことがあったときに「そういうことは想定外で、これが仕様です」と言われたら、本当に困るどころではない・・・。
製品や技術にセキュリティ・ブリーチ(破たん)がないかどうか、またブリーチが起きたときにはどうなるかについて、しっかりテストベッドで検証しなければいけません。
───どこに出入りしているかとか、体調・病歴などの個人情報もネットワークを通じて管理されるなら、セキュリティが確保されないと怖いですね。
篠田:便利な社会になればなるほど、攻撃に対するセキュリティやプライバシーという意味でのセキュリティが重要になってきます。そういう問題を少なくするために、いろいろなケースを想定してテストすることが、本当に重要になります。特にネットワークセントリックな商品群ですから、単品だけでなく、ネットワークしたときにきちんと連携して動作チェックをしなければいけません。同じメーカー同士だけでなく、他のメーカーの製品でも動作してほしいですし、そこでもブリーチなどの問題が起きないか検証することが必要です。
しかし日本のメーカーは、他社だけでなく、違う事業部との連携が苦手な感じです。製品のQuality Assurance(品質保証)に厳しいので、他社の製品につないだときに失敗する可能性があるものを作りたがらないからではないかと思います。品質保証の意識・マインド自体を変えさせるのは難しいので、それを保ったままで接続テスト・連携テストを簡単に低コストでできるようなテストベッドがますます必要になってきますね。
───当センターのテストベッドの重要性もアップしますし、そのためにも、R&Dアドバイザー、企画営業としての先生の役割が増しています。
篠田:最後にネットワークセントリックな社会のセキュリティについては、企業も我々テストベッドも頑張りますが、一般の方たちにも多くの危険にさらされていることを知ってもらいたい。NICTの『nicterWeb』画面を見れば直接的な攻撃がわかりますし、普通にアクセスするWEBサイトにもいろいろな仕掛けがあります。国境は国が守ってくれますし、国内も警察がある。しかしサイバー世界は誰でも入ってこられますし、それがリアルにしみ出してきているので、「海外のダウンタウンの裏路地にいるのと同じ」と考えて、注意してネットワークを使っていくことを意識してください。
───篠田先生、ありがとうございました。研究者へのアドバイスだけでなく、日本のメーカー、そして私たち一般人への示唆に富むお話を伺えて、楽しくかつ勉強になるインタビューとなりました。
●インタビューを終えて
予定時間を超えて、抽象的になりがちなテーマにも関わらず、わかりやすく具体的にたくさんのお話をいただき、今回のインタビュー記事には書き切れないほどの充実した内容となりました。特に、ネットワークセントリックな社会とサイバーセキュリティについては、ぜひ別の機会にインタビューさせていただきたいと思いました。
<篠田教授お気に入りのイラスト>
【JGN-X及びこれらの技術に関するお問い合わせ先】
jgncenter@jgn-x.jp
|1| |2|