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JGN-Xインタビューvol.010

JGN-X研究者インタビュー】『量子鍵配送(QKD)で高安全性・低遅延の情報伝達を実現』

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2. 実用化に向け、2020年東京オリンピックイヤーがターゲット
― 都市圏~全土~宇宙圏へと構想が広がるとともに、巨大マーケットに向けた応用も進行中 ―

───JGN-X一般プロジェクトでもある「東京QKDネットワーク」を使って2014年、世界初『電子カルテ with 量子鍵配送&スマートフォン』*1を公開されました。実用化の第一歩ですね。

藤原:はい、「東京QKDネットワーク」(【写真2-1】参照)を使った電子鍵配送の具体的な応用例として、高度に安全な伝送・閲覧が求められる個人情報である電子カルテのシステムを考えました(【図2-2】参照)。実は医療現場から要望があって作っているというより、多くの方に「量子鍵配送がここまで来ている」ということを知っていただくことを目的に、作っています。想定できる多様なソリューションを用意し、アクセス権限レベルの設定など、いろいろなカスタマイズが可能です。ですから、医療用電子カルテだけでなく、守秘義務がある社内回覧用データなどでも利用できますので、これをきっかけに量子鍵配送を多様な場面で利用する発想の一例になればと思っています。
特に重要なポイントは、電子カルテの情報を復号化するときの個人認証にユーザ普及率の高いスマートフォンを活用したことです(【写真2-3】参照)。おさいふケータイなどと同様、スマ―トフォンの機能の1つとして、データアクセス権と暗号鍵を持たせるという応用があっても良いと考えました。

佐々木:なにしろ早く使い始めないと・・・。例えばネット企業は巨大なデータセンターに世界中のインターネット情報を蓄積していますが、今は重要な情報はRSA暗号などで守られているので、簡単には彼らに解読されないと思います。ただ近い将来、量子コンピュータ*2ができるとRSA暗号が解読され、ネット企業にすべての情報が握られてしまう可能性もあります。しかし量子暗号が早く実用化されれば、「ファイバタッピングによって、データを長時間傍受し時間をかけて解読する」という脅威を完全に防ぐことができます。

藤原:ただ何から何まで量子暗号で守る必要はないんです。コストをかけてもっと厳重に守るべきデータ、例えば電子カルテのような個人の医療データもネット上に今、たくさん溢れていますから、国民自身もそれらを守ることを真剣に考えなくてはならないときだと思います。今、国民に対して「コストはかかるけれど、それらを守るために量子暗号というソリューションがある」と提示することが、国の研究所である我々の役割だと考えています。そのためにも、各メーカーと協力して、研究を進めているところです。

───世界中で同じことを考えているはずですから、「いち早く量子暗号を実用化させたもの勝ち」となってしまいそうです。

佐々木:そうなんですよ。技術やシステムには勝負時期があると思います。性能がいいから普及するということではなく、まずは使い勝手に、コスト。そして、なんといっても重要なことは、最初に標準化の基準を取ることです。どの組織でも一度導入したら、なかなかシステムを変更するのは内部で抵抗がある。だから、最初に導入してもらうことが勝負どころですね。

藤原:まずは、信頼性の高い国産技術の利活用という点から、国内でなんとか導入をしてもらうことが大事だと考えています。

佐々木:いずれ本当に平和な時代が来ればいいかもしれませんが、国産技術の重要性を日本は真剣に考えてもらいたいですね。

───国産技術の利益は、日本で守りたい。そのためにも、お二人の研究は、今大変な頑張りどころにいらっしゃいますし、やりがいも面白さも感じておられるのではないでしょうか?

佐々木:ええ、世の中を変えるチャンスが見え隠れするところにきています。研究自体も頑張りどころですが、導入を促進するためにはそれ以外の要素があります。日本独自の政治システムや省庁のしがらみなどもあるので、よく情報交換しながら進めていく必要があるという段階でもあります。
これから、各企業・団体などの決定権者の方々による見学会を予定していますが、日本の状況もよくわかっている方たちなので、「量子暗号がいかに優れた技術であり、インフラに導入するイメージは分かったけれど、どうやって導入するか。ここからは簡単じゃないからね」と、実用化・導入に向けて、いろいろ助言をいただいています。

──この量子暗号技術の実用化に向けた研究の中で、「JGN-X光テストベッド」をご利用いただいています。ヘビーユーザのお二人から見た利点や特長などについて、これからのユーザにアドバイスいただけますか?

佐々木:「JGN-X光テストベッド」は商用の光ファイバーですから、都市部の実環境にてシステムの長期間テストを行うことができました。こういう実環境が提供されているのは、日本だけではないでしょうか?欧州などは地下深くにファイバーが敷設された特別な環境下で実験していますが、「JGN-X光テストベッド」は一般家庭が使う環境下の光ファイバーですから、実用化のための数値をしっかり取ることができるところが良いです。
また応用研究のためには、光ファイバーだけでなく、アプリケーションをサポートするためのネットワークが必要ですが、JGN-Xには上位レイヤネットワークを使える環境がある点も、とても便利でした。
特に「世界最高の安全性を誇る東京QKDネットワークです!」と記者会見やプレスリリースを行うと、それを破ろうとする攻撃の痕跡が結構あるんですが、JGN-Xが備えているVPN環境やファイヤフォールなどのおかげで、研究に専念できました。

───ありがとうございます。究極の安全性を誇る量子暗号技術の研究、実用化に『JGN-X』は不可欠な存在だったと言わせていただいても・・・。

藤原:もちろんです。
佐々木:象徴的な言葉で言えば、JGN-Xは必要なものが全て揃ったネットワーク・ソリューションだと思います。
一般に量子鍵配送(QKD)の研究というと、通信の部分を1:1の地点でやるわけですが、その場合盗聴が入ると、鍵の生成を停止せざるを得なくなる。これを避けるため、我々はJGN-Xを活用し、迂回経路を準備してネットワークとしての冗長性を確保しました。また実際の運用にはネットワーク上で鍵の運用もしなければいけない。ネットワークの最下層からアプリケーションの上位階層まで多地点でネットワーク運用するため、ネットワークセンターへのソリューションとしてQKDネットワークをユーザに提供する必要があるからです。我々は20の多地点で運用する仕組みを『QKDプラットフォーム』と名付け、そこで常時量子鍵をもらいながら、多様なアプリケーションに活用してもらえるというソリューションを開発しましたが、これもすべて揃ったJGN-Xがなければ出来なかったと思います。
もしJGN-Xがなかったら、ファイバー・サプライヤとの1:1の契約をしたあと、その他のネットワークソリューションについてはメーカーと相談しつつ環境構築から始めなければならないわけですから、一つの研究室の予算ではとても無理ですね。

───セキュリティだけでなく、国としても役立つ大事な研究はたくさんありますから、コストセーブできる"ネットワーク・ソリューション JGN-X"をもっと活用してほしいですね。

佐々木:そうです。そして、これからもぜひJGNを永く維持をしていってほしいです。新しい技術は次々と出てきますが、実際のネットワーク環境で実証していかないと、お客さんに納入するトータルソリューションのイメージがわかず、要素技術の開発のままで終わってしまうと思います。
特にセキュリティはそうで、システム全体で破られないことをトータルで実証し、提供していく必要があります。だからこそ、お客さんは「QKDプラットフォーム」の内容がはっきりわかっていなくても、ブラックボックス的に安心して簡単に使うことができるのですね。

───トータルソリューションの意味も込めて、「QKDプラットフォーム」ですか。JGN-Xがそれに役立っているというのはうれしいことです。

佐々木:我々は2007年JGN2の時代から申請して使っていますが、長期間同じテストベッドを使ってプロジェクトを続けられることは、本当に珍しい。米国などは通常4年です。
一貫した戦略をしつこく続けた者だけが、最後に成果を挙げると思うので、JGNから15年も続いているということは素晴らしいです。ぜひ、続けてもらいたいです。

───最後に、QKDや量子暗号技術について、今後どう展開していくのか、直近のロードマップについてお聞かせください。

藤原:まずはQKDを高性能化し、装置を磨き続けることですね。もう1つはQKDに違う概念を導入して長距離化することです。これは安全性とは若干トレードオフの関係にあるのですが、情報内容によって、永久ではなく10年や20年守られればよいものもあるので、それらの技術を大陸間の伝送に使うことを考えています。

佐々木:我々は今ファイバーを使った研究をしていますが、次のキーワードとして考えているものに、グローバル・ネットワークというレーザーを使った宇宙圏との通信ネットワークがあります。というのも、3・11の東日本大震災では通信が途絶え、人文字でSOSを示すなど原始的な情報伝達手段しかなくなるということが現代でも起こり得ますし、また、遠く離れた尖閣諸島でのセンサーなども然り。必要なときに宇宙圏から大容量のリンクをパッと張る技術が必要とされてきています。しかもそのときには、傍受されたら困る医療情報や安全保障などの情報も含まれているわけです。
しかし、今のQKDではそれらのネットワークに絶対に対応できないこともわかっているので、次の世代の研究も始めています。その対象の1つが今お話しした宇宙圏を含めたグローバル・ネットワーク。そして、「ドローン」と呼ばれる配送用無人飛行機で重要なネットワークを張る技術や宅配システムなどのロボットや無人機による情報ネットワーク。これらファイバーを使わないネットワークでセキュリティをどうしていくのかという重要な課題について、既に我々はビジョンを持っており、2020年ぐらいには東京圏で課題解決できるようになっていなくてはならないと考えています。
まずは東京圏ではQKDの製品化をターゲットにしていますが、2020年は東京オリンピック・イヤーですから、そこでショーケースのようなものを作って、「将来のグローバル・ネットワークや無線ネットワークなどのセキュリティ・ネットワークを担う技術はこれだ」というプロトタイプを示したいですね。

───2020年はショーケースでプロトタイプを示すなど、PRにはいい年ですが、あと5年しかないです。やるべきことが目白押しですね。

佐々木:実は、それだけに留まらず、その先もあるんです。今お話ししたように都市圏-全土-宇宙圏とドンドン広げていきましたが、さらに全く違う方向の応用も進めており、これが巨大マーケットを開くのではないかと考えています。
これについては今はまだ、詳細をお話しできないのが残念ですが、2015年秋に世界に先駆けて発表予定ですので、ぜひ楽しみにしていてください。

───佐々木室長、そして藤原さん、安全性の未来をイメージできる、楽しく素晴らしいお話をありがとうございました。今後とも、JGN-Xを活用いただき、量子暗号の実用化研究を進めていただけましたら、うれしいです。
そして、2015年秋、世界初の重大発表を楽しみにしております。

 

【JGN-X光テストベッド及びこれらの技術に関するお問い合わせ先】
  jgncenter@jgn-x.jp


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量子鍵配送とスマートフォンを用いた電子カルテの閲覧システムを説明する藤原主任研究員
量子鍵配送とスマートフォンを用いた
電子カルテの閲覧システム
を説明する藤原主任研究員

 

*1:この世界初の本システムの詳細は、以下をご覧ください。
 ●NICTプレスリリース
      (2014.06)


電子カルテ with 量子鍵配送&スマートフォン(1)大手町-小金井-府中を結ぶ「東京QKDネットワーク」の管理画面
【写真2-1】
電子カルテ with 量子鍵配送
&スマートフォン
(1)大手町-小金井-府中を結ぶ
「東京QKDネットワーク」の管理画面


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電子カルテ with 量子鍵配送&スマートフォン(2)システムの概念図
【図2-2】
電子カルテ with 量子鍵配送
&スマートフォン
(2)システムの概念図

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電子カルテ with 量子鍵配送&スマートフォン(3)地域病院側のデータ復号端末とスマートフォン
【写真2-3】
電子カルテ with 量子鍵配送
&スマートフォン
(3)地域病院側のデータ復号端末と
スマートフォン

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*2 量子コンピュータとは:
量子力学における光の「波動と粒子の二重性」を利用して、超並列的に情報処理を行う、究極の処理速度を持つコンピュータ。これが実現すれば、従来のコンピュータでは200億年ほどかけても解けないような因数分解でも数分で解けてしまうため、RSA暗号などの現代暗号システムがすべて崩壊すると考えれている。





  • 国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)
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