|1| |2| |3.高知医療センター|
───先ほどからお話に上がっている「平時の地域医療連携」ですが、もともと災害時の医療連携の考えが前提なんですね。
澤田:そうなんですよ。いきなり南海トラフ大地震抜きで、平時の医療連携の旗を振っても難しいと思います。こんなに仲のいい高知でも無理でしょう。あとでお話ししますが、平時の医療連携である、いわゆる「くじらネット」みたいなものを3~4つぐらいの病院で共通運営しようというのは絶対に無理なんですよ、本来は。そもそも、医療ICTについて語る機会すらなかったですね。というのも、私は県の職員でもあるから分かるんですが、やはり民間の病院と公的な医療機関とでは補助金の額が違い、個別の民間への補助金は出にくいので、自前でやるしかないんですよ。公立医療機関は補助金が結構大きいので、それなりのことができる。でも、南海トラフ大地震という視点ですと、高知県のほとんどが浸水地域となり水が引かないので、民間も公的機関も関係なく、生き残る病院の方が少ない。東日本大震災の教訓もあるから、みんな危機意識が全く変わり、「もうこれは大変だ」とみんなが電子カルテのバックアップに相乗りしてくれたので、それだけで高知県民のレセプトの6~7割を網羅できる13の名だたる大病院*1が全部つながって共有化する「高知県医療情報通信技術連絡協議会」が2013年10月に発足しました。話が早かったですね。
【図2-1】「高知県医療情報通信技術連絡協議会」に参加している主要13医療機関の分布
拡大
───30年以内に80%の確率で大規模災害がくるというのは怖いですが、これが突破口として、しっかり準備されていますね。
澤田:高知医療センターの病院長が当初この協議会の会長をやっていたんですが、次のステップとして平時の医療連携に向けて、今度の協議会会長は高知県医師会長に変わります。うちの病院長は副会長に降格になりますけど、喜んでいます(笑)。今後は薬剤師・看護師などの医療関係も全部を巻き込んで、平時に向けていこうとしていますが、やはりきっかけは南海トラフ大地震だったわけで、まさにおっしゃるとおり、間違いなく突破口になる一番のけん引力でしたね。マスコミにも危ないと脅されていますし、30年以内と言われるとあやふやですが、すごく怖いですから、県民全体の危機意識が高いですね。
───そのためにも、災害発生直後に必要となる処方データの準備も急務になっていると思うのですが・・・。
福本:実際には、超急性期に使う薬の処方データはやろうと思えばできるんです。ただバックアップしている電子カルテのデータは病院ごとのものですが、患者さんはいろいろな病院で薬をもらっているので、それを名寄せするのが大変なんです。でも、高知県民は70万人ですから、名前の読み仮名・生年月日・住所などでかなり精度を上げて絞れます。東京なら、絶対無理ですけど・・・。
北村:高知県はコミュニティがギュッとまとまっているから、こういうことが短期間でできるんだと私は一番感じています。
澤田:うんうん、田舎だからこそということですよね。
福本:お二人はちょっと言いづらいかもしれませんが、実は予算がないということも大きい。病院ごとに個別の予算を十分持っていれば、電子カルテのバックアップはできてしまうんですよ。しかし遠隔地というかへき地の立地ですし、「遠くまでバックアップするのにお金が掛かる。では高知県全体でまとまるしかないよね」ということなんです。それで、お金ないのなら、無料で使えるJGN-Xを使おうと・・・。
澤田:そうなんです。高知県の予算だけでは無理なので、そもそもNICTさんが「JGN-Xを利用したい」という私たちの申請を認めてくれなかったら、電子カルテのバックアップはできていなかったと思います。四国総合通信局さんが、高知でJGN-Xの相談コーナーを設けてくださったのが、本当にいいタイミングでした。
───ちょうどJGN-Xも仮想マシンを入れた時期で、電子カルテのようなデータを保管して処理できるようになったばかりでした。このタイミングでご相談いただけたのは、良かったです。
電子カルテのバックアップに利用いただいている『IP仮想化サービス』
<リーフレットは画像をクリック>
澤田:私たちからすると、医療のことを全くご存じない一般の方にやりたいことを理解していただけるのであれば、それは実現可能な話なんだと思っています。NICTさんにご相談させていただいてよかったです。だから、なんとか田舎であることを逆手にとって、高知でモデル事業として成功させたいです。そうすれば、南海トラフに面している他県でも先行事例のメリットを感じて、早めに導入してもらえるんじゃないでしょうか。
北村:徳島県なども、やはり「高知に続け」で考えられていると思います。
澤田:南海トラフ大地震への対応だけでなく、次のステップである地域医療連携のことも同じです。たとえば欧米では既にWEB型電子カルテになっているところもあり、患者さんがどこの診療所や病院に行っても、国の管理しているサーバの中にある同一の電子カルテを使っています。昨日A診療所に行った後、今日B病院に行ったら、B病院ではA診療所の先生が書き換えたカルテが見えるんですよ。日本では電子カルテの各病院別のクライアント・サーバ型電子カルテが多く、メーカーが異なると閲覧できないし、相互利用ができない。今はSS-MIXで共通データベース配列になったので、つなげて閲覧できますが・・・。国でWEB型電子カルテを共有で管理するなら、バックアップなんてする必要もないんですが、現在、電子カルテの共有化は大学病院レベルで始まり、うちのセンターのような都道府県の基幹病院に降りてきていますが、全国レベルの共有化は10~20年も先でしょう。だから、いきなり全部WEB型に変えるというのは難しいですね。国も危機感を持っていますが・・・。
───その共有化のためにも、高知全体をターゲットに今、北村さんがやっていらっしゃることは非常に役立つのではありませんか?
北村:そうですね。もともと高知県医療情報通信技術連絡協議会を作ったときには、JGN-Xを使って電子カルテのバックアップを行うことから始め、医療情報のBCP*2を考えましょうということでスタートしました。電子カルテのバックアップだけでは災害発生の超急性期には使えない。超急性期では処方情報だけを見るようなツールが必要なんです。そのツールにしても、災害が起きると医療従事者は不慣れで使用できず、普段から使っているものでないと使えない。だから、日常から使えるものを作らないといけないと考えています。次のステップは日常から使える、いわゆる平時に使える地域医療連携ネットワークが大事なんです。
最近は「患者さんも個々で、診療情報を持とう」ということでお薬手帳などを普及させつつあるんですが、いつも患者さんが持っているとは限らないし、東日本の教訓として災害時になくすことも想定されます。ですから、やはり医療提供側もきちんと情報を持ち、双方で持ち合うことが必要かと・・・。
澤田:患者さん自身が自分で情報を守るということ、そしてもう一つは医療提供側が守るとすれば二重のバックアップになりますよね。それが基本になると思います。私の頭の中で考えているのは・・・、高知県民全体の処方情報なら、USBに十分入るくらいのデータ量ですから、コピーガード機能付で書き替えもできないUSBもしくはノートPCに入れたものを県側で管理しておき、災害救助期間に各県から来てくれるDMAT部隊に貸し出せば、ノートPCで各人の処方情報を安心して確認できるなぁということ。もちろん、このUSBもしくはノートPCはDMAT部隊が撤収する際には全てを回収します。この期間は被災者からお金はもらわないので、保険請求もなく、データの書き換えは不要ですから。
───えっ、電子カルテは、患者さんのための記録だと思っていたんですが・・・。
澤田:そう、もちろん患者さんのための記録です。でも医療機関側から見ると、保険請求のためのものでもあることは事実です。DMAT部隊のボランティア医療は無料ですから、電子カルテへの記録は不要です。被災者にとって無料はありがたいし有用ですが、それが長く続くとなると、医師・看護師・事務員などの雇用が滞ることになってしまうので、7~10日ぐらいで通常の保険診療医療に戻すことも大事です。そのために、BCPソリューションとして、バックアップしていた電子カルテをもとに、災害の1分ぐらい前の状態に戻して使えるようにするんです。
───安心しました。今まで高知医療センターのお話が中心でしたが、高知工科大学は電子カルテのバックアップや地域医療連携ネットワークに対し、サポートという形で関わっておられるのですか?
福本:結果としてはそうなって、おかげさまでうまくいっていますが、高知工科大学としてはサポートが主たる目的だったわけではありません。もちろん大学には、研究あるいは社会貢献という大きな目標があるので、うちでできることをどこで役に立てるか・・・。JGN-Xについては誰がちゃんと使ってくれるかと考えたとき、ちょうど医療がそれにはまったので、今、ご一緒にやらせていただいているわけです。
───先生の研究テーマに、医療がぴったりはまったということですね。では、実際どういうお仕事をなさっているのですか?
福本:今、電子カルテのバックアップというところだけをみると、本学はJGN-Xとの仲介役でしかないと思いますが、それが地域医療連携になったときには何にお役に立てるかと考えますと・・・。先ほどの「名寄せ」の話もそうですが、個人情報を保護しなきゃいけない、でも必要な情報をとらなきゃいけない。そして、もう一つ。災害時にはネットワークが細いので、不要な情報がたくさん来てしまうと途切れてしまうため、優先順位をつけて必要な情報だけを送れるようにしなくてはいけない。たくさんやることはありますが、仕組みとして、暗号化ではないんですけれど、秘密分散などのアルゴリズムを用いて、「まず個人情報を守ります、必要な情報だけ取れます、そのうちの優先順位の高いものから送ります」というものを作ることが可能なんですよ。
───その仕組みは、もう既に作られているんですか?
福本:今、既にあるものもありますが、電子カルテというか診療情報とか、SS-MIXに合わせて広域の多くの医療機関が連携してきちんと動くものを作っているのは、このプロジェクトがはじめてだと思います。
【図2-2】JGN-Xを活用した医療情報保全システムの構成
拡大
【図2-3】SS-MIXに準拠した地域医療連携ネットワークシステムのイメージ
拡大
───災害時に大容量の医療情報をボンッと送ってしまうと、ネットワークがパンクするので、その回復の状況に合わせて、時期ごとに送る優先順位というのもありますね。
福本:そうなんです。高知県は、医療情報をすべて被災地以外のサーバに一つにまとめているからこそ、その計算ができるし、秘密分散や秘匿計算など複雑なことをやっても問題がありません。これは高知県じゃないと難しい。医療情報のデータ量もそうですが、高知県の6~7割の電子カルテをカバーしている病院同士が電子カルテを1箇所にまとめることができるということが大変なんです。他県でこの話をすると、みんなびっくりしますからね。
澤田:今当たり前のように、高知県医療情報通信技術連絡協議会メンバーの13病院が1日の通信量やシステム概要など詳細部分をさらけ出し、全部北村くんが1つにまとめていますが、本来なら絶対やらず、完全クローズです。さらに私が評価しているのは、各病院の医療技術者たちのワーキンググループができたことなんです。専任ではないのにシステムを担当している人も多く、自力解決に困っていたその人たちが北村くんに質問ができる環境ができ、お互いにコミュニケーションも図れるようになり、情報のやり取りがスムーズにできるようになりました。これもまた南海トラフ大地震が結んだ縁かなぁと思っているんですよね。
北村:そうです、お互いの信頼があるからこそ、データをすぐ出してくれるので、結果として良いシステムの作りこみができます。おかげさまで、13病院の院内システムの構成図なども頭の中に入っています。
澤田:すごいことですよ。
北村:電子カルテのベンダーさんは高知県で5社ありますが、自分の病院以外のベンダーさんは本来は相手にしてくれないんですが、このバックアップのため各社の事務所に行き、ベンダー側SEともコミュニケーションできる環境ができたのも、良かったです。
───ところで、福本先生のお話にもあったSS-MIX準拠というのはどういうものですか?
北村:厚労省標準規格であり、ストレージ形式のディレクトリ構造を定めたものになっています。たとえば「お薬や検査とかはこういう構造で格納していきましょう」っていう規格です。お薬や検査の情報は定められたディレクトリにXMLをどんどん入れていくようになりますので、ディレクトリ構造が同じだったら、各病院のデータをマージして一元管理し、表示できます。NECとか富士通とかの電子カルテからはSS-MIXが標準で出力されるよう開発されています。
───同じSS-MIX準拠の形式で吐き出すからマージでき、他ベンダーの電子カルテも見られるんですね。
福本:イメージ的にはそんな感じですね。
澤田:ベンダーさんとしても、NECはNEC、IBMはIBMのシステムでしか見られないということではお互い損ですから、医療情報交換・共有のためのコンソーシアムを設立し、標準規格の開発・推進を行っています。便利で、平時であればハイスペックなコンピュータで一瞬に処理できます。でも、災害の超急性期には電力もネットワークも寸断されて使えませんから、SS-MIXだけを考えていてもだめだというところがあるんですけど・・・。今、東日本にバックアップしている高知県の電子カルテ情報は、南海トラフ大地震による水没の影響がない高知工科大でも引き出すことができるので、先ほど私が話したDMATに配るコピーガード付USBもしくはノートPCに必要な処方データだけを入れられますね。
福本:一回ダウンロードして、それをほぐして、必要なデータだけ出すということも、もちろん可能です。
澤田:そうすると、そのUSBやノートPCを県が管理してDMATへの手渡し・回収をしていけば、個人情報の漏えいにもつながらないし、今の時点でも、いざというときは使えるということですね。
福本:今はまず最低限ですが、いざとなったらできます。
澤田:ここまで来るのに、原点から考えると20年、実際に動き出してから10年です。
北村:そして、電子カルテバックアップの話は2012年ぐらいからですよね。
福本:実際動き出してから、本当に2年ぐらいでできちゃいました。
───これだけスピードアップしたのは、南海トラフ大地震への危機意識がさらにアップしたからでしょうか?
澤田:本当に危機意識があると、速いです。お尻に火がついたのは3.11の東日本大震災からですね。阪神淡路大震災ではドクターヘリが導入され、中越地震ではDMATが本格的に活動し始めました。そして、東日本大震災は、医療ICTのきっかけとなり、災害時の医療情報のあり方への危機意識が高まり、災害に特化した課が各都道府県庁にできています。大きな出来事があると、一つずつ情勢が変わっていくんですね。
北村:高知県の医療ICTというと、この20年間で澤田先生がやってこられた「へき地医療ネットワーク」「WEB型電子カルテ」などがありますが、今高知県医療情報通信技術連絡協議会では1つの成果として、地域医療連携を3年計画でやろうとしています。ゆくゆくは高知県での医療ICTを網羅できるような組織にしていくことが一番だと考えています。先ほど電子カルテのバックアップが県全体の60~70%といいましたが、100%に近づけたい。へき地の病院にはICT担当者がいないところもあり、電子カルテを導入したくともできないところもまだあるんです。
【図2-4】平時から災害時まで利用できる地域医療連携ネットワーク
拡大
澤田:補足しますと、高知には当センターのくじらネット以外にも、東部医療圏の安芸市を中心とした医療ネットワーク、幡多けんみん病院のしまんとネットワークなど、地区ごとに独立したものが乱立しているんです。それらを標準化して1つのフォーマットに統一し、しかも運営をICT専門家に任せようという話なんです。協議会でまとめて県全体の運用になれば、拡がりますよね。くじらネットは今150病院ですが、4つのネットワークがまとまったら400ぐらいの病院・診療所がつながり、香川のK-MIX*3よりも大きなネットワークになるんじゃないでしょうか。要するにベクトルが全く別の方向を向いて打ち消し合っているものを1つの方向に向ければ、相乗効果でより大きなベクトルになります。これを北村くんが目指していると考えると分かりやすいと思います。
北村:そうですそうです。県内の一番大きな病院から大学病院まで、すべて網羅しています。
澤田:今でも北村くんのところにたくさんアクセスがありますけど、これだけ大きな病院が並ぶと、小さな病院も「参加しなきゃ大変」という意識づけになると思います。それに、先ほど60~70%と言いましたが、協議会に入っている病院に1回も掛かったことがない人はほとんどいないんじゃないでしょうか。
北村:ええ、高知県にはそんな人はいないでしょう!
───すごい。そして、これからの進化がさらに楽しみです。最後に、これからのJGNに対する期待や注文についてお願いします。
澤田:この20年で我々高知の医療ネットワークも市町村レベルから県レベルへ、そしてJGNを使った東日本へのバックアップまで来ました。これからオールジャパンでの医療ICTを考えるときに、JGNは不可欠な情報ツールではないかと考えています。インターネットは手軽ですが、あまりにもオープンでセキュリティ問題などがあり、医療情報はイントラネットでなければ扱えません。これに対して、NICTさんが管理しているJGN-Xはセキュリティがしっかりしているオールジャパンのイントラネットワークで、何よりも高速ですよね。だから、例えば高知から北海道にあるサーバに大量の電子カルテをバックアップするにも安全に一瞬で送れるわけで、それはものすごいメリットだと思います。この「オールジャパンの超高速イントラネットワーク」に、私はものすごく期待しているんです。福本先生を通じてJGNを知らなかったら、今日お話をした構想は全部中途半端になっていましたし、もしかしたらこの平時の地域医療連携などは10年先になっていたかもしれません。「よくぞ、こういう仕組みを作ってくださった!」と非常に感謝しています。これからもぜひよろしくお願いします。
───ありがとうございました。
【JGN-X及びこれらの技術に関するお問い合わせ先】
jgncenter@jgn-x.jp
|1| |2| |3. 高知医療センター|
澤田科長と福本教授(左から)
*1「高知県医療情報通信技術連絡協議会」に参加している13病院」:
田野病院、高知県立あき総合病院、JA高知病院、いずみの病院、高知赤十字病院、近森病院、高知大学医学部付属病院、高知医療センター、国立高知病院、須崎くろしお病院、くぼかわ病院、高知県立幡多けんみん病院、渭南(いなん)病院
<詳しくはこちら>
北村氏と澤田科長(左から)
*2「BCP」:Business continuity Plan(事業継続計画)の略。企業が自然災害・大火災・テロ攻撃などの緊急事態に遭遇した場合において、事業資産の損害を最小限にとどめつつ、中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法、手段などを取り決めておく計画を指す。
*3「K-MIX」:かがわ遠隔医療ネットワーク。香川県が医療機関の役割分担と連携による地域医療の充実を目指し、2003(平成15)年から運用をスタートした全県的な遠隔医療ネットワーク。
<詳しくはこちら>